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ssh1027 中耳炎と抗生物質と「みんな同じ」幻想(2) [三題噺]

<2017>
<初出2008>

 抗生物質の実用化で、内科治療は革命的な進歩を遂げました。しかし、敵もさるもの。細菌の方も黙ってやられてはくれませんでした。
 害虫やネズミの駆除に殺虫剤や殺鼠剤をよく使いますが、それで相手が全滅するわけではありません。
クスリを食らっても生き残るタフな個体が少々います。
 その少々は、その子孫を作ります。タフな個体の遺伝子を受け継ぐ、タフな子孫です。こいつらは、ちっとやそっとのクスリではくたばりません。仕方なくもっと強い殺虫剤や殺鼠剤を使います。
 それでも、特にタフなヤツは生き残ります。その生き残りがタフな子孫を作って、と、イタチごっこになることもあります。強い農薬は弊害も多いですから、やたらとクスリばかりばらまいてもよくないことになります。

 抗生物質と細菌の関係は、上の例とは少々違うのですが、リクツは上の例みたいなものです。つまり、抗生物質が多用されるうちに、抗生物質に耐性を持つ菌が出てきてしまった。いわゆる耐性菌です。 耐性菌と聞くと、すぐに思い浮かぶのは、院内感染のニュースで出てくるMRSA、すなわち、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌です。メチシリンというのはかなり強力な抗生物質で、ペニシリン耐性菌を倒す力があります。MRSAはこのメチシリンを食らっても生きているブドウ球菌です。
 ただし、断っておかないといけないのは、ブドウ球菌そのものは、毒性はあまり高くない菌です。健康な人の体内に入っても、まず悪さはしません。
 困るのは、病人や老人や手術直後の人が感染する場合です。この人たちは身体が弱ってますから、発症をしてしまいます。特に傷口に感染すると非常に厄介なことになります。何せMRSAは抗生物質に強いですから、簡単には治療できません。しかも患者は体力が落ちている。命に関わります。

 一口にMRSAと言っても、実は菌によってタフさ加減はいろいろです。
 とある医師から実際のMRSA感染について聞いたことがあります。MRSAは検出された時点ですぐ、しかるべき施設に依頼して細かい検査をしてもらう。そうすると、このMRSAはどの抗生物質は無効で、どれなら有効かというのが明らかになります。その有効無効性、つまり何種類くらいの抗生物質が有効かというのは、MRSAによってかなり違うんです。
 現在のところ、バンコマイシンという抗生剤がMRSAに対する最終兵器となっているようです。こいつは超強力タイプなんで、副作用も強いが、MRSAにはよく効きます。

 MRSAについては、今の病院はすごく神経使ってます。院内の消毒をかなり念入りにやってますから、マトモな病院なら院内にMRSAはまずいません。それと、MRSAに効く抗生剤もあるので、MRSAへの対抗策はあるわけです。

 ただ、これで大丈夫って訳にもいかないのが現実世界の厳しいところで。
 1つは、消毒剤に耐性を持つ菌というのが出てきたということです。これなぞまさに、冒頭の殺虫剤殺鼠剤の例そのものです。
 もう1つは、これはブドウ球菌じゃないんですが、バンコマイシンに耐性を持った腸球菌が出現してしまった。バンコマイシン耐性腸球菌=VREといいます。
 腸球菌というのは誰の腸内にもある菌で、毒性はいたって弱いものです。しかし、これも身体の弱った人が感染すると、やはり病気を発症します。こいつは最終兵器のバンコマイシンが効きませんから、相当な難物です。

 MRSAは病院内で発生したという仮説が一般的です。
 しかし、VREについては、ニワトリやブタの飼料に配合された抗生物質も重要な発生源らしいです。
 ご存じの方も多いかと思いますが、家畜用の飼料や養殖魚用のエサには結構な量の抗生物質が配合されている場合があります。これによって病気の発生を抑えているわけです。
 もちろん家畜や養殖魚にメチシリンやバンコマイシンみたいな高級なクスリを配合したりはしませんが、ヨーロッパで飼料に配合していた抗生物質が、偶然、化学構造がバンコマイシンに似てたらしいんです。 で、ニワトリやブタの体内の腸球菌がその影響でバンコマイシンへの耐性を身に付けたらしいと。実際、日本でも輸入鶏肉からVREが検出されたことがあるそうです。

 以上なんともおっかない話になってしまいました。こういう話を知ると、抗生物質に対する恐怖心が出てきそうです。

 しかし、だからと言って、お医者さんから出された抗生物質を勝手に飲むのをやめたりしてはいけません。結果として、もっと強力な抗生物質のお世話になることになります。状況によってはかなりヤバいことになりかねません。
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