ssh1044 面と向かうと、人は言葉を選ぶ [リテラシー・思考力]
<2017>
<ssh216再録 初出2007年>帝京大学の浦野東洋一教授(東京大学名誉教授でもあります)の講演を聞く機会がありました。(注:2016年3月退官)
と言っても、ここで書くのは、その講演の中のしごく些細な部分についてです。
浦野教授の研究テーマは学校運営や教育行政ということで、日本中あちこちの学校で行われている様々な学校運営の取り組みを追跡調査しています。(学校運営です。校長権限による「学校経営」じゃありません。)
で、氏が特に注目しているのが、長野県の辰野高校。ここには「三者協議会」なるものがあります。
三者とは、生徒と保護者と職員。
年数回定期的に開催されるこの協議会は、現在では地域の人たちや遠方からの傍聴者も多いようです。
協議会では、生徒から授業改善の要求が出たり、職員から生徒の生活面への注文が出たりと、各々の立場からいろいろな議題が出されます。
協議会はそれを協議します。ただし議決権はありません。
重要な案件については、それぞれが持ち帰って、生徒会&職員会&PTAの会議で議論されます。
実は私が面白えなあと思ったのは、この協議会に至る前のいわば失敗例の方でして。
当初は生徒の参加は予定されていなかったんだそうです。
最初にやったのは、地域の方々と職員との意見交換会。
ま、さして珍しくもない企画ですが、これが、大失敗だったんだそうです。
「おたくの生徒が○○をして困る」というような、クレームの集中砲火で終わっちゃったんだそうで。
ちょいと話が脱線します。
辰野高校のことじゃなくて、私の勤務校のことですが、生徒の自転車がジャマだというクレームがちょくちょく来ます。
確かにジャマなんですよ。私もクルマで通勤してますけど、確かにジャマです。
ただね、無理からぬ面もあるんですよ。私の勤務校、900人くらい生徒がいます。朝は一斉に何百台もの自転車が殺到します。しかもイナカゆえ、通勤はマイカーが多い。加えて、学校の周辺の道が、すごく狭いんですよ。狭い上に時間帯別一方通行というような交通規制もない。
もうある種の戦争状態です。生徒のマナーも完璧じゃないです。けど、物理的にどうにもならん面もあります。
学校ってとこは外部からよくクレームもらうんですけど、上記のような「言い分」は、あるんですよ。
でも、クレーム攻撃が始まると、もう言い分なんか出せません。クレームは正義の攻撃です。受ける側は「悪」ですから。平身低頭あるのみ。
話を三者協議会に戻します。
辰野高校が三者協議会を立ち上げたころ、生徒のマナーなどの問題は、やはり出たそうです。
ところが、生徒を目の前にすると、かつてのような攻撃的な物言いが出ないと言うんです。
例えば、服装面(茶髪とかね)が気になるというような話でも、生徒抜きだと「おたくの学校はどーゆー指導してるんだ!」てなキツいクレームが出がちなんですが、生徒を目の前にすると、グッと様子が変わるんです。
「○○しろ」が、「○○してほしい」「○○したほうがいい」というような言葉に変わると。
やっぱ、相手が高校生と言えども、人間、さすがに当人を目の前にしてあまりキツい物言いはしたくないようなんです。なるべく相手に受け入れられるような言い方を選ぶというか。
さらに、生徒の方も次第に理解をするようになるというんですね。
口では「どんな格好をしようが自由だ」とか「外見で判断されたくない」とか「自己表現だ」とか言っていても、周囲の人々から直に意見をもらうと徐々に度を越した格好はしなくなるんだそうです。
面白いでしょ?
相手がいないと攻撃的になりやすい。
相手がいると、穏やかになれる。
しかも、相手のいないところで、とことん攻撃的になるよりも、相手の前でやんわりと伝える方が効果があると。
人間、相手がいないと、自分の感情で突っ走りがちです。
一人っきりだと、もう止まりません。
嫌悪感を思う存分増幅させることもできる。ネット上の攻撃なんてのはその典型でしょうね。
一人っきりでなくても、自分の回りにブレーキをかける人が誰もいなければ、やはり同じことです。
偉い人は特に危険です。
偉い人の取り巻きは追従ばっかしますからね、忠告なんかしてくれない。俗に言う「裸の王様」状態です。ブレーキのない暴走車。
偉い人ほど失言やら暴言やら妄言をバラまきやすいのは、一つにはこういう理由があるんでしょう。
まあその話はおくとして、相手の顔が見えれば、暴走はしにくい。面と向かって攻撃的な言動をするのは、相当な度胸が必要ですからね。
世の中の人、そんなに度胸はありません。度胸がないから悪いこともせず地道に生きてます。
誰しも、面と向かってケンカするのはあまり好きじゃないです。できることなら、相手との良好なコミュニケーションを求めたいもんです。
さらに、攻撃的な言葉、厳しい物言いよりも、面と向かってやんわりした物言いをした方が効果がある。
ま、これは実に当然でしょうね。
いないところでキツいこと言われるよりも、直に意見された方が素直に聞けますもの。
ただまあ、世の中は広いですからね、誰とでも面と向かうチャンスがあるわけじゃありません。
しかし、人間には想像力という力があります。
「こんなことを言ったら、相手はどう思うだろうか?」
そう想像するだけで、感情の暴走はずいぶんとブレーキがかかるでしょう。
学校運営に生徒が関わる。
こういう風に書くと「子どもを甘やかしている」という批判がすぐ出てきます。
あるいは「教職員組合が生徒を利用して国の政策に反旗を翻そうとしている」とか。
でもね、そりゃ見当違いですって。
学校運営に生徒を巻き込むのは、ごくごくプラクティカルな、現実主義的な対策なんですよ。
生徒を巻き込んだ方が、学校運営がうまくいく—ただそれだけのことなんです。
大人だって、ただ命令されるだけだと、言うこと聞きたくなくなるでしょ?
顔つき合わせて、直に話し合う。
このことの価値を、改めて認識させられる機会でした。
<追記>
辰野高校の三者協議会については同校のウェブサイトに情報が少なく様子がわかりにくいです。調べた所では、2016年1月に協議会があったことがニュースになっていましたので、現在も継続しているようです。
2017-10-29 21:24
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