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ssh475 カセットテープのお話(4) [科学と技術]

<2011>

 

 キカイが改善され、テープも性能をアップし、ドルビーシステムという強い援軍も得たカセットテープは、ラジカセなどの手軽な用途だけでなく、本格的なステレオシステムの世界でも徐々に存在感を増して行きます。

 もちろんオープンリールデッキも様々な改善を受けて性能をアップしてはいました。

 しかしいかんせん台数が出ない。

 たくさん売れるものにはより大きな投資が行われるのが資本主義世界の掟です。

 クルマの世界でも、開発に一番おカネのかかっているのは、少数生産の高級車ではなく、最も大量生産されるクルマです。かつてのトヨタだと、カローラこそ最も膨大な予算を投入して開発された、最もデキのいいクルマでした。

 あまり売れないオープンに対し、カセットはますます成長市場。音響メーカーはカセットに全力投球し、オープンはいよいよ蚊帳の外になっていきます。

 

 さて、ssh474に書いたように、ウォークマンの登場で、音楽の楽しみ方は一大転換を迎えます。

 すなわち、1980年ころから、レコードやFMなどの音源をカセットに録音して聴くのが、音楽鑑賞のスタンダードとなります。

 それまで、オーディオの最も重要なソースはレコードであり、FMでした。レコードやFM放送を聴くためにオーディオはあった。

 マニアがオープンデッキを持っていたのは、FMを長時間録音するためであり、レコードを守るため(テープに録音して聴けばレコードが針で摩耗することがない)でした。つまりあくまでデッキは補助的な立場だった。

 

 1980年ころに起こった変化はカセットオーディオ革命とでも呼べそうなものでした。

 オーディオの中心はカセット。音楽はカセットで聴く。

 レコードプレーヤーもFMチューナーも、カセットのミュージックテープを作るための補助的な立場に転落します。

 

 カセットオーディオ革命の主役がウォークマンだとすれば、最強の援軍はメタルテープでしょう。


 

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 写真はメタルテープのカセット、TDK MA-R。アルミダイキャスト製のフレームを透明プラスチックで挟んだウルトラスーパーゴージャスなカセットハーフは空前にして絶後。手に持つとズシリと重い。この重量級超高級ハーフは不要振動や回転ムラをシャットアウトし、カセットの限界とも言える究極のサウンドを聴かせてくれました。恐らく史上最強のカセットです。ただし値段もずいぶんと高かった。私も1本しか持っていません。



 

 メタルテープと言っても、テープが金属製だったわけじゃありません。

 メタルの名前の由来は、テープに塗布する磁性体が酸化鉄や二酸化クロムのような酸化金属でなく、純鉄だったからです。

 私もシロウトゆえ細かいことはよくわからんのですが、酸化金属は磁性体としては扱いやすいのだけれど、磁性そのものは酸化していないナマの磁性体よりは弱いみたいなんです。扱いにくいけれど性能のいい酸化していないナマの磁性体を使ったテープを作りたいというのは、当時の技術者の夢であったようです。

 で、1980年ころについに純鉄を用いたテープが実用化されます。その性能は期待通り圧倒的でした。もはやオープンリールデッキと遜色ないレベル。

 メタルテープの録音には専用対応のデッキが必要でした。しかし再生だけなら割と簡単に対応OKでした。つまりウォークマンのようなカセットプレーヤーなら、割と簡単にメタルに対応できた。ということもあって、メタルは普及していきます。

 

 この頃になるとテープの種類の統一呼称もできました。ノーマルはタイプI、クロームテープ(後にハイポジションと呼ばれた)はタイプII、フェリクロームテープ(あまり普及しなかったので説明省略)がタイプIII、そしてメタルはタイプIV

 

 実はタイプIVメタルテープそのものは、それほど爆発的に売れたわけではありません。

 何せテープが高かった。写真のMA-Rは論外としても、他社のメタルも60分テープが1000円以上しました。

 ただ、「その気になればオープンと同等の音質が手に入る」という全能感みたいなものは、カセットオーディオを強力にプッシュしました。

 かなりのオーディオマニアであっても「もうわざわざオープンデッキでなくてもいいか、いざとなったらメタルテープを買えばいいし」と思わせるだけの力を、メタルテープは持っていました。

 

 

 オーディオの主役に躍り出たカセットは、オーディオシステムのあり方も大きく変えます。

 レコードとFMが主なソースだったころのオーディオステムは、とにかく大きくて立派でした。

 もちろん小型のステレオもありましたが、これはあまりゼニを払いたくない人向け。ゼニさえあればデカいステレオを買うというのが70年代までの流儀でした。ステレオはお部屋のインテリアでもあったのです。

 カセットオーディオ時代は、それまで大型が主流だったコンポがぐっと小型になります。いわゆるミニコンポです。

 ミニとは言え、音はミニではありませんでした。高級大型システムには敵わないものの、フツーの人がフツーに音楽を聴く分には十分にいい音でした。

 同時に、それまでシロウト向けと見なされていたラジカセも、音質を大きく向上させます。特に低音再生能力が大きく向上し、ラジカセでもずいぶんと立派な音が鳴るようになりました。

 ラジカセとコンポの境界はそれまでになく接近しました。

 

 この頃は、「音楽」の主流も大きく変化しました。

 オーディオと言えばクラシックかジャズを眉間にしわ寄せて集中して聴くもの、というのが70年代までのスタイルでした。通なれば、聴くものも通であると。歌謡曲なんか聴くのは論外でした。実際、歌謡曲はオーディオ的にカスみたいな音の物だらけでしたし。

 80年代は洋楽が身近になった時代でもあり、またJポップの黎明期でもありました。

 TVでフツーに流れるポップな音楽が、オーディオ的にも十分楽しめるレベルになってきました。

 

 80年代の若者は、狭い部屋にミニコンポを買い込み、レコード(レンタルレコードや友達から借りたレコードも含む)をカセットに録音し、そのカセットをミニコンポかウォークマンかカーステレオで楽しむ、というスタイルで音楽を聴いていました。

 友達のためにテープを作るということもよく行われていました。

 私はやたらとレコードを買う人間だったので、友達やクラブの後輩に頼まれてよくテープを録ってあげていました。ビリー・ジョエルなんて当時女の子に大人気だったんで、おかげでけっこう女の子とお近づきになることができましたっけ。それ以上何もなかったですが。

 

 

 テープの進歩だけでなく、カセットはキカイ側の進歩もありました。

 ドルビー研究所はドルビーシステムをさらに進化させたCシステムやSシステムを作りました。(そういえばビクターとオーレックス=東芝はドルビーとは異なる独自のノイズ低減システムを作りましたっけ。名前は、えーとアンルスとアドレスだったっけ。結局ベータマックスみたいに唯我独尊がたたって途中で消えましたけど。)

 デッキのメカニズムも大きく進歩しました。2モーターや3モーターが普及して回転精度は大きく進歩、ヘッドも3ヘッドが普及しました。カセットオーディオ円熟期にはカセットハーフをしっかりと押さえつけて振動を殺すスタビラーザーも普及し、MA-Rのような高級ハーフでなくても相当にいい音で録音再生ができるようになりました。

 ドルビーHXプロというバイアス電流をアクティヴに制御する回路が開発され、高域の録音能力がアップします。

 

 この頃になると、カセットデッキからマイク入力端子が消えて行きます。カセットデッキはミュージックテープを作るために使われるものであって、据え置き型のデッキにマイクをつないで録音をする人などもはやいませんでした。余計なものはない方が音質的もコスト的にも有利です。

 

 

 そんなこんなで、オーディオ史上はじめて磁気テープを主役の座に座らせたカセット。

 というか、アナログオーディオの最後の主役はカセットだったと言ってもいいでしょう。

 

 そのカセットに、80年代中盤にデジタルオーディオという超強力ライバルが登場します。

 当初、カセットはCDと共存共栄していました。しかし結局、自身がオープンを葬ったように、デジタルオーディオに引導を渡されることとなります。言い換えれば、カセットオーディオを打ち負かすような勢力は、デジタルオーディオの総攻撃によってしか生まれなかったということです。それほどカセットは強かった。

 主役の座をデジタルオーディオに譲りながらも、意外としぶとく生き続けていくカセットのデクレッシェンド物語は、次回ということで。


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 ssh271でも紹介した、私の現用カセットデッキ、ソニーTC-K222ESG。カセット技術円熟期の製品です。3モーター3ヘッド、ダイレクトドライブ・クローズドループデュアルキャプスタン、ロジックコントロール、カセットスタビライザー、電動ローディングシステム、ドルビーB/Cシステム、ドルビーHX PRO、キャリブレーション&イコライザー・バイアス微調整機能、蛍光管式ピークレベルメーター、リアルタイムカウンター、オートテープセレクター、自動頭出し機能、レックミュート(無音録音)機能、ワイヤレスリモコン、CDダイレクト入力と、高音質技術と高機能のてんこ盛り。欠けているのはドルビーSくらいのもの。こいつで作ったミュージックテープは本当にいい音です。

 え、用語がさっぱりかわからない?わからなくていいですよ。どーせ過去の遺物ですから。

 
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 カセットオーディオ円熟期によく売られていた面白カセットの一つ。カセットの中にミニミニリールが入っているというのが面白く、いろんなメーカーが同じようなモノを出していました(多分OEM品で、生産していたのは同じところなんでしょう)

 このリール付きカセットでさらにハメを外したのがティアックで、このミニミニリールが出し入れができる「オーカセ」(オープンリールカセットの略)なる商品を売り出しました。実に面白いなあとは思ったのですけど、実際に使うとなると不便この上なく、オーカセはエルカセット以上に短命に終わりました。

 今となっては1セットくらい買っておけば記念になったかなと思います。

 

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 こちらは見栄えのいいインデックスカードをこしらえる際の強い味方、インスタントレタリング。紙の上に置いて、上から強くこすると転写します。お菓子のオマケのシールみたい。1文字ずつ転写するので、長めのタイトルを書く時はちょっとしたお仕事でした。ビートルズのSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandのテープのインデックスを作ったときはかなりイライラしましたっけ。

 

 写真のインレタ(インスタントレタリングの略)はどれもカセットの点数シールを集めてもらったもの。カセットが大量に売れた80年代は、ほぼ全社のカセットに点数シールがついていて、それを集めて送るといろんなグッズがもらえました。私はカセットを腐るほど買ったので、点数シールでインレタやインデックスカード以外にもずいぶんといろんなグッズをもらいました。

 

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