ssh571 聞く側、書く側が変わっていくことの力 [小論文]
<2012>
高校の総合文化祭というイベントで、とある高校の放送部の作品を聞く機会がありました。
これが、すごく良かった。
その高校はいわゆる進学校なのだけれど、定時制も併設されていて、全日制の生徒だけが部員の放送部(担当は女子生徒)は、同じ学校でありながらほとんど接する機会のない定時制の生徒を追ってみるという企画を立てた。自分たちの知らないいろいろな世界が見えてくるのではないかと期待したのでしょう。
取材対象に選んだのは、ボランティア活動をしている19歳の男子生徒。
ところが、始めてみると、まったく想像していないヘビーなインタビューが展開して行った。
彼は幼いころに両親が離婚し、父親からは虐待を受けていた。平和な家庭で学業や部活動に専念できている彼女には、おいそれとは受け止めきれない重さだった。
あまりの重さに耐えかねて、取材を終わりにしようかと思ったとき、彼が2回の自殺未遂をコミットしていることを告白する。インタビュー後に彼から「聞いてくれてありがとう」とメールをもらった彼女は、取材続行を決心する。
いいインタビューでした。男子生徒の語りを主軸に据えて装飾的な要素を廃してありました。
この作品は全国大会で最優秀賞を獲得したそうです。
ただし。
なぜそれほど高い評価を得ることができたのか、その理由を、製作した放送部員たち自身も明確にはつかんでいないように思えました。
私にはすぐわかりました。
このインタビューによって、聞き手である放送部の女生徒が変わっていくのがわかるからです。
彼女は、彼の話を聞くことによって、成長している。
聞き手の側が変わっていく様子がありありと伝わってくるから、聞いた人たちは感銘を受けたのです。
翌日、偶然その女生徒の担任の先生と話すチャンスがありました。まだ20代の若い女性教諭ですが、彼女もまったく同意見。女生徒の成長していく様子がありありと伝わることに感銘を受けたと。
インタビューの主役は、間違いなく定時制の男子生徒です。彼の言葉の一つ一つは、聞いている私たちの胸にも突き刺さります。
その強い言葉を、インタビューアーの女生徒は何とか受け止めている。最初は驚きをもって、腰を引きながら。最後には真正面から全身で。
彼女が変わっていくことで、男子生徒はさらに突っ込んだ話を繰り出す。
こういうインタビューは、玄人がやってもなかなかあるものではありません。
と言うより、プロは経験も技術もあって、しかし時間はないので、上手にいろいろな話を引き出そうとする。テクニックの世界です。
TVだと技術も経験もないヘタクソなインタビューも横行してますけど、ラジオや雑誌だとかなりいいインタビューがあります。これはインタビューアーの経験と技術によるものでしょう。
しかし。
私たちに感銘を与えてくれるようなインタビューは、滅多にありません。
プロにはアマチュアにマネできない経験も技術もある。
ところが、アマチュアは、プロなら絶対にやらないような冒険をいきなりやってくることがある。
高校生が志望理由書や面接で自己分析をするとき、あるいは小論文に取り組むとき、経験の多い私のような人間なら絶対にやらないような「問い」を立ててくることがあります。
多くはあまりに大き過ぎて頓挫するのですけど、中にはその巨大な問いに全身でぶつかっていく生徒がいる。
相手が巨大だから、簡単には答えは出ません。でも必死であれこれ考える。
考える中で、生徒が変わっていきます。
昨日まで気付いていなかったことに気付く。昨日まで決して思いもしなかったことを思う。そうして、自分なりの答えを見つけていく。
こういう時、こちらの期待をはるかに越えた、感動的ですらあるものを生み出します。
書き手に変化がない文章は、読んでいてあまり感銘は与えません。
感銘を与えないということは、読み手を変えないということです。人間、感情を揺り動かされなければ、変わりません。
感情が揺り動かされるというのは、実はあまり楽しい経験ではありません。
今まで当たり前だと思っていた感覚が揺すぶられて変えられてしまう。落ち着かないはずです。
でも、そういうものこそが、他者を変えていくエネルギーを持っています。
11月は推薦・AO入試シーズンです。面接・志望理由書・小論文に必死で取り組んでいる受験生が今年もたくさんいるはずです。
受験生のみなさんには、勇気を持ってテーマにぶつかって欲しいと思います。
最初がダメでも全然構いません。何度も書いているうちに、きっと自分が変わっていきます。
自分が変われば、読み手の気持ちも動かせるはずです。
面接・小論・志望理由書をバカにすることなかれ。もしかしたら、人生最大の変化を、ここで体験するかも知れませんよ。