ssh594 ヘッドフォンのお話(1) [科学と技術]
自他共に認めるオーディオ好きの私ですが、肝心のオーディオ業界は斜陽産業でして、大きな据置型コンポはもはや絶滅危惧種的存在です。
その一方で、ヘッドフォン市場はなかなか活気があります。
今や音響機器の主流はミニコンポやiPodかパソコンです。多くの人にとって、イヤフォンやヘッドフォンこそがもっとも主要なリスニング装置となっています。
最初は「音なんかどうだって気にしない」と言っていた人でも、いざきちんとした音を聞くと「やっぱりこの方がいいね」と言うものです。iPodやWalkmanだって、イヤフォンやヘッドフォン(以下めんどくさいのでまとめてヘッドフォンと呼ばせてもらいます)が変われば音は変わります。いいヘッドフォンは、やっぱりいい音がする。
オーディオ界では「スピーカーは音の出口」と言われ、すべてのコンポーネントの中でもかなり重要視されています。音の好みがもっとも分かれるのはスピーカーです。リッチなマニアは複数のスピーカーを設置して使い分けているほどです。
そう考えれば、ヘッドフォンも立派な「音の出口」です。ヘッドフォンの需要が高まるのもむべなるかな。
写真は我が家の古~いヘッドフォンたち。
一番左はソニーDR-5S。約40年前の製品です。システムコンポーネントListen1000と同時に購入しました。昔はステレオを買う時は一緒にヘッドフォンを買うのが通例だったのです。当時5900円は中級機というところでしょうか。長らく実家で埃をかぶっていたので救出いたしました。少々の汚れはありますが完動品です。当時の製品の常でデカくて重いのが難点。
真ん中もソニー製のDR-4M。DR-5Mとほぼ同時期の製品で、当時人気のポータブル録音機「カセットデンスケ」用にコンパクト設計されているというのが売りのヘッドフォンです。お値段は6900円とちょっと高めです。これも今もって完動品です。こいつの難点は圧迫感が強いこと。コンパクト設計ゆえ、イヤーパッド(耳に当たる柔らかい部分)が小さく、耳そのものが押さえつけられるもので。
一番右のカワイSH-2は10年ほど前に購入した電子ピアノのオマケ。左の2種よりずっと小さく軽い開放型です。これはスポンジ製のイヤーパッドがボロボロに劣化して使い物になりません。
ヘッドフォンそのものは1970年代にもすでに家庭に普及していました。前述のように、ステレオを買う時に一緒に購入されていたからです。
ただ、当時の役割は、あくまでスピーカーの代用品。夜中などに家族や隣近所に遠慮して音楽を聞くために「仕方なく」使うものでした。ステレオが据置型なのですから、ヘッドフォンをしたリスナーはステレオからコードの届く範囲にしかいられず、自由度は全然ありませんでした。まだワイヤレスヘッドフォンなんてものもありませんでしたし、延長コードをつないでもタカは知れています。
そういうヘッドフォンのあり方を劇的に変えたのは、やはりソニー・ウォークマンでしょう。
せっかくウォークマンが小型軽量携帯自由なのに、ヘッドフォンがデカくて重くて圧迫感があっては台無しです。ウォークマンはそれまでのヘッドフォンとは全然違う、実にあっさりとしたヘッドフォンと共に発売されます。そのヘッドフォンMDR-3は、本体が耳よりも小さいという常識破りのヘッドフォンでした。もちろん軽い。音は漏れるが、外の音も聞こえる。女性が装着するとカチューシャみたいでちょっとキュートですらありました。
オーディオマニアたる私はMDR-3を見た時「ふん、こんなもん」とバカにしたのですが、実際に聴いてみると、十分な音のレベルを確保していました。
これによって、ヘッドフォンをつけたままあちこち歩き回るというスタイルが可能になりました。
この流れはその後も進み、今ではインナーイヤフォンか耳掛け式イヤフォンがヘッドフォン市場の主流となっています。
ところで、ヘッドフォンの音は、どういう面で決まってくるものなのか?
技術は日進月歩の世界とよく言われますが、スピーカーやヘッドフォンはいわゆる「成熟技術」です。
ヘッドフォンも含めてスピーカーというのは、電気信号を空気振動に変換する装置です。その主流は電気で磁界を作って磁力で振動板を動かすダイナミック型という方式。もう90年近く前に発明された古式ゆかしい方式です。
何を隠そう、この方式は送り込まれた電気信号の1%も音に変換できていません。相当高能率なものでも10%以下。と書くとずいぶん未熟な技術のように見えますが、ダイナミック型を越える実用的な方式は未だに出てきていません。この古式ゆかしい方式が少しずつ改良されて、現在に至っています。
成熟技術の世界では、すごい技術革新というのはほとんど期待できません。細かいところを煮詰めて煮詰めてという世界です。
ゆえに、成熟技術の世界では、「作り」の部分でもっとも差が出ます。
「作り」がいいというのは、いい素材を使っているとか、高い工作精度で作られているとか、経験豊かなエンジニアが丁寧にテストを繰り返して作っているとか、そういうことです。
そういうわけで、ヘッドフォンの音の良さは、割と正直にお値段に反映します。
話が長くなったので、ヘッドフォンの技術面のお話は時間回しにしましょう。