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ssh610 合理的・合理化〜小論キーワード(19) [小論キーワード]

<2013>

 

 今回の小論キーワードは「合理的」と「合理化」です。

 別段、珍しい言葉でもありません。合理的も合理化も、よく目にします。

 合理とはつまり、理にかなっていること。合理的はその形容詞で、合理化は理にかなうようにすること。

 と、これで説明が終われば目出たいのですが、そうは問屋が下ろさない(この言い回しも最近聞きませんねえ)。一見簡単そうな言葉こそ、油断大敵。

 

 理にかなっているという意味なんですから、本来、合理的も合理化も、いい意味の言葉であるはずです。

 ところが、実際には、この2つは、純然たるほめ言葉として使われることは少ない。

 それどころか、少々問題のある状態を述べるために使われることが多いのです。

 

 

 まずは「合理的」から。手元の辞書によると、

  1. 道理や論理にかなっているさま。「な自然界の法則」
  2. むだなく能率的であるさま。「な処置」

 1.は定義とおりで、いい意味の用法と言って良いでしょう。

 問題は2.です。

 ムダなく能率的というのはいい事ではあるのですけど、100%の正義とは言えません。

 ビジネスの世界ではムダを省いて能率を高めるのは重要なことです。でないと利益は上がりません。

 しかし、それを求め過ぎたおかげで肝心の商品やサービスが市場から嫌われて利益を落としたという例はいくらでもあります。

 合理的なことも、過ぎると嫌われかねません。

 実際、この言葉は「確かに合理的ではあるが・・・」というような断り書きの中で使われる事がおおい。合理的であることが決めセリフになることはまずありません。

 

 

 「合理化」の方は、もっとトゲがあります。

  1. 道理にかなうようにすること。また、もっともらしく理由づけをすること。「自説を強引にする」
  2. 能率を上げるためにむだを省くこと。特に、企業などで、省力化・組織化によって能率を上げ、生産性を高めようとすること。「経営をする」
  3. 心理学で、たとえば言い訳のように、理由づけをして行為を正当化すること。

 1.からしてかなりよろしくないニュアンスがあります。「自説を強引に合理化する」なんて、橋下徹か石原慎太郎が出てきそうな感じ。

 2.はちょいと説明不足。企業が「合理化」と言う時にもっとも意味するのは人員整理、つまりクビ切りです。会社にとって最大のコストは人件費です。ビジネスの世界で「合理化」と言えば、クビ切りの婉曲表現です。

 3.もよくない意味ですね。つまりは言い訳ですから。


 

 それにしても、理にかなっているという本来ならばいい意味であるはずの「合理」が、なぜマイナスを伴う意味になってしまうんでしょうか?

 

 ポイントは2つ。

 1つ目は、これがビジネスの世界でとてもよく使われる言葉だということ。

 ビジネスはとにかくゼニの世界です。利潤の上がらない行為はビジネスにはなりません。批判しているのではありません。その利潤が世の人々の食費や娯楽を支えています。

 それでもやはり、ゼニはゼニです。

 ビジネスにとっての「合理」とは、ゼニを儲ける上で理にかなっているということに尽きます。それ以外の、例えば従業員の幸福とか、社会への貢献とかいうのは、ビジネスの「理」の範疇ではありません。

 

 もう1つは、人間の弱さが原因です。

 

 仮に私が求職中の化学の専門家で、塗料製造メーカーに研究員として採用されたとします。私の任務はその工場の製品および廃棄物の安全性を研究すること。ところが河川に流す廃液に危険な化学物質が含まれていることがわかった。これを解決するには新たな処理施設が必要であると私は社長に報告します。ところが社長はそんなカネはないと一蹴します。そして、貧乏だったこの地区も君自身も我が社のおかげでどれほど利益を得たのだ、君は今の生活と子どもたちが大事ではないのかねと冷たく微笑して私を睨みます。

 仕事を失いたくない私はどうするか?

 「社長の意に添う事が私の家族にとっても、住民にとってもいいことなのだ。ただちに健康への影響があるわけではない(@枝野)。」と、自分で自分を納得させるでしょう。

 

 これが「合理化」です。

 人間は、理不尽なことが嫌いです。特に自分が理不尽なことに手を染めるのは耐えられない。

 だから、その理不尽に何とかして「理」をつけて、自分を納得させようとするのです。

 

 2次大戦に敗戦した我が国の指導者たちは、自分たちはこの戦争には賛成ではなかったと東京裁判で述べています。にもかかわらず戦争遂行に加担したのは、立場上そうするしかなかったからであったと。

 そんな信念のない人間たちに一国の進路を導くような仕事を任せてしまった国の不幸は察するに余りありますが(あえて他人事扱い)、ともあれ、彼らも自分達の行動を「合理化」していたのです。

 

 いや、もっと単純な話、テストでいい点が取れなかった時に、「クラブが忙しかった」とか「体調が優れなかった」とか言うのも、立派な「合理化」です。自分の努力不足を認めたくないから、努力不足の「理」を探すんです。

 

 

 一つ面白いのは、合理化をする時の人間は、ものすごく頭の回転がよくなります。

 みなさんの周りにも「よくもまあそんなヘリクツを思いつくもんだな」と呆れるようなことを言う人がいるんじゃないですかね。

 人間って、自分の立場や利益を守りたいときは、ものすごい力を発揮するんですよ。もちろんイヤミですが。

 

 

 というわけです。

 「合理的」「合理化」は、けっこう危ないニュアンスで使われることが多い言葉だということを理解しましょう。

 

 

 あ、塗料メーカーの喩えは高校生向けの副読本「Chemical Secret(Oxford Bookworm)から借りたものです。我が国の企業とは何の関係ございません。仮にドキッとした人がいたとしても、私の責任ではございません。


 

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