ssh727 忖度(そんたく)〜小論キーワード(23) [小論キーワード]
<2015>
今回の小論キーワードは「忖度」。
読みにくい漢字ですね。
◆◆忖度 (そんたく) 他人の気持ちを推し量ること。「相手の真意を忖度する。」など◆◆
原義はいたって単純。別に小論文で使うこともなさそうな言葉です。
ところが、忖度という言葉が、論説文でここ数年やたらと使われるようになっています。
贈収賄事件というのは、立件が難しいのだそうです。
金品の授受は立証できたとしても、それが便宜をはかってもらう目的でなければ、贈収賄にはあたらない。
A氏がB氏に金品を渡し、「例の件をよろしく」と言えば、A氏に便宜をはかってもらう意図が明白であり、A氏の贈賄が成立する。
しかし、A氏がB氏にそういうことを特に何も言わず金品を渡し、B氏が「これは例の件をよろしくというメッセージだな」と受け止めて便宜をはかった場合、A氏の贈賄は成立しない。
B氏がA氏の気持ちを「忖度」した場合、A氏の意図は立件できません。
会社で不正が行われたときも、「忖度」が絡むと立件が面倒になります。
組織ぐるみの不正であったかどうかは、上層部からの指示の有無が焦点になります。もし部下が上司の意向を「忖度」して、指示を受ける前に行動していれば、上司は無罪となるでしょう。どんなに横柄で日頃からパワハラを働く上司であったとしても、その件で直接の指示がなければ立件は困難です。
安倍政権のマスメディアに対する「圧力」がちょくちょく話題になっています。
果たして政権は圧力をかけているのか?
ここでも「忖度」が問題となります。
もし政権がメディアに対し、放送免許の取り消しなど具体的な行為をちらつかせてあれこれ要請をしたとすれば、これは圧力であり違法行為です。
しかし、政権がただ「◯◯するようによろしくお願いします」とだけ述べ、メディア側が「これは脅しだな」と「忖度」すれば、政権側は「ただ要請しただけで圧力ではない」と言うことができます。
(だからフツーの先進国では政権がメディアに要請をした時点で大きな非難が起こります。この点、日本は後進国です。)
弱い側の「忖度」は、強い側の行動の違法性をあやふやにしてしまいます。
かく言う安倍政権もアメリカの意向を一生懸命「忖度」しています。
というか、日本の歴代政権はどれもこれも、アメリカの意向を「忖度」して政治を行ってきました。対米従属と言われる所以(ゆえん)です。
ここでもポイントは、アメリカ側から直接何かを指示されたのではなく、政府が相手の意向を「忖度」して行動していることにあります。アメリカ側からすれば「日本政府側から言い出したこと」と言ってれば済む。自国の責任はゼロです。
下の者が上の者に対して忖度ばかりしていると、上の者が直接あれこれ重圧をかけなくても、下の者たちは思うように動いてくれます。そうなれば上の者はもはや違法行為を働かずに、専制的に振る舞えます。
論説文で「忖度」という言葉が多用されるようになった背景は、日本流の「空気を読む」ことの弊害を指摘する言葉として適切であるからでしょう。
日本人って、上の人間の意図を「忖度」してあれこれ先回りして行動するのが得意ですよね。行政や企業なら、忖度上手は世渡り上手で出世もしやすいのでしょう。
でも、忖度は責任の所在をあいまいにします。
上の者からすれば「オレはそんな指示はしていない」と言うだろうし、忖度した下の側からすれば「これは私の意思ではなく、立場上こういう判断以外になかった」となる。どちらも自分の責任を認めない。
忖度は無責任の始まりでもあります。
東京裁判の被告たちは、自分自身はこの戦争には反対であったが、立場上そうすることができなかったと口々に述べています。日本史上最大の被害を出した国策に賛成であったと認める人間がただの一人もいなかったことは信じ難いことです。まるで企業ぐるみで不正を行ってなおかつ誰も関与も責任も認めないサイテー企業みたいな国だったんですな。
実は最近、仕事の関係で県の行政のちょっと上の方と関わる機会が出てきたのですけど、行政の世界ってのは一介の教員風情にはまったく不思議なものです。筋なんか通らない。ある種の力学ですべてが決まる。一度決まったら、天地がひっくり返っても案件はひっくり返らない。ま、忖度が横行するわけです。負け惜しみじゃなく、心底、偉くなれなくてよかったなと安堵しましたよ。
そういうわけで、論説文で用いられる「忖度」は、下の者が上の者の意図を過度に汲み取り、全体の責任をあいまいにする警戒すべき行為として用いられています。