SSブログ

ssh1013 保護者のための教育論〜2010年の文より [教育問題]

 この記事は2010年3月の卒業式にあわせて発行された当時の勤務校のPTA会報に掲載されたものです。PTA会報ということで保護者を意識して書きました。データは少々古い部分がありますが内容は現在でも十分にReadableと思います。

 いきなりですが、○×クイズです。以下の文章が正しければ○、誤っていれば×でお答えください。
 1 我が国で、過去10年間の青少年凶悪犯罪(殺人・強盗・強姦)は昭和30年代に比べ4倍ほど多発している。
 2我が国の2009年の殺人事件は戦後最多であった。
 3小学校就学以前の子どもが殺人事件の被害者となる事例は昭和50年代から増加傾向にある。
 4 殺人事件の検挙率は近年低下している。
 5 PISAと呼ばれる国際学力テストは毎回OECD加盟のすべての国が参加して行われ、日本は順位を下げている。
 6 文部科学省主催の全国学力テストにおいて、2007年のテストでは1964年のテストと比べ基礎問題の正答率が低下し、学力低下が裏付けられた。
 7 小学生の読書量は中高生や大人より少なく、「子どもの活字離れ」と呼ばれ問題視されている。
 8 北米留学者向けの英語力テストTOEFLのスコアで、日本の学生の平均点は中国・韓国に比べ低く、特に聴く・話すの能力は文法・読解に比べ大きく劣っている。

 私は世代論とか若者論というのが、心底嫌いです。あれはただのバッシング。いい歳こいた大人が子どもや若者を叩いてウサ晴らししてどーすんだ。というだけならまだしも、世代論や若者論をぶつ人間が、どいつもこいつも大ウソツキなんだ。

 ○×クイズの答え。正解はすべて×です。
 一応解説しておきますと、

 1 正反対です。昭和30年代の青少年凶悪犯罪は年間400件以上。これが昭和40年代からぐんぐん減少して、平成は微妙な増減はありますが100件前後です。『ALWAYS~三丁目の夕日』は山崎貴監督の大出世作ですが、三丁目でも六ちゃんくらいの若者が殺人や強盗を時々働いていたはずです。(注:その後減少傾向はさらに拍車がかかり、平成25年以降は50件くらいになってます。)
 2 これも正反対。2009年の殺人事件は1097件で、これまで最少だった2007年の1199件を100件余り下回りました。ところで07年の殺人事件が戦後最少を記録したって知ってましたか?大手メディアはどこも報道しませんでした。(私はあるブログで知って、その後警察庁のデータで確認しました。)(注:こちらも減少傾向が止まらず、2010以降は毎年戦後最低を記録しています。)
 3 またまた正反対。昭和50年が377人で、2005年は78人と激減しております。
 4 わが国では殺人事件の検挙率は一貫して90%以上と高水準です。
 5 微妙な出題ですみません、前半がウソ。PISAテストの参加国は毎回増えています。初期に日本の順位が高かった大きな要因は参加国が少なかったから。ところで、最近の報道によるとPISAテストの大人バージョンが企画されているらしいです。あなたも私も受験させられるかも。
 6 これまたしつこく正反対。基礎力は43年前に比べ明らかな向上が見られました。応用力テストは43年前とほぼ同等。こういうのは「学力が向上した」と結論づけるべきだと思うんですが。
 7 活字媒体(書籍・新聞・雑誌・マンガ)に触れる時間は確かに小学生が一番少ないのですが、オトナが読んでいるのは主に新聞。本を読む時間そのものが一番多いのは小中学生です。出版不況の元凶は子どもの読書離れではなく、大人が本を買わずに新聞ばっかり読むようになったからです。
 8 確かに日本人学生のTOEFL平均スコアは低いんですが、リスニングはその中では割といい方で、それに比べて文法と読解はかなり不出来。実は日本の学生の苦手分野は文法読解なんです。ただ、日本では大学がカリキュラムの一環として(受けたくもないのに)全員にTOEFLやTOEICを受験させることが多く、これが平均点を下げているという指摘があります。なおTOEICというのは日本で作られたビジネス英語検定テストで、海外ではTOEFLほど普及していません。

 教員研修の一環で大手予備校のカリスマ講師の授業を見学したことがありますが、目新しいものは何もありませんでした。ただ、授業がとにかくよく練られている。教材・説明方法・使う言葉など、どれもが本当に丁寧に準備されている。カリスマの秘密は地道な努力の積み重ね、ある種の職人技です。
 一方、私の高校時代の担任の先生は(担当は日本史)、はっきり言って授業がものすごく乱雑だった。板書もプリントもひどく判読しづらい、というか読めない。授業のペースもメチャクチャ。テストに出ないようなことばっかりしゃべってる。ある時から板書もプリントも先生の話もノートに書かないようにしたら成績が上がった(実話)。
 でも、先生の授業は最高でした。熱意がすごい。学問というのは人をかくも夢中にするものらしい。先生が私に教育したことは、「学ぶことは楽しい(らしい)」。
 磨き抜かれた職人技の授業と、熱意だけで全く練られていない授業(先生ごめんなさい)。そのどちらもが「最高の授業」になり得る。こういうのが教育の不可思議さです。

 当たり前のことですが、勉強に秘策も革命的な新発明もありません。学校もしかり。学校って明治時代からあんまり変化してませんけど、それは進歩がないということじゃないです。これだけ長いこと変化がなかったということは、学校ってのはあまり変化できない制度だということです。
 そういう動脈硬化的な発想がいかんのだ、ビジネスマインドで教育を改革せよ、と意気込んでビジネスマンたちが開学した大学(LCAとかLECとかいうアレ)がわずか数年で募集を停止しました。経営のプロが作った大学が一番早く経営破綻したというのも泣けるような笑えるような話ですが、ビジネスマインドとやらは改革どころか風穴を開けることすらできなかったようです。とにかく学生が来てくれなかったんだからしゃーない。
 改革とか抜本的とか競争とか企業努力とか、そーゆー教育に不似合いな言葉で教育を叩くのはそろそろやめにしませんか。そもそもの出発点が事実誤認なわけだし。第一、「改革」の成功例って、どのくらいありますか?失敗例ならいくらでも知ってます。

 2007年の日本の相対的貧困率(定義はインターネットで調べてね)は15.7%、OECD加盟国中でアメリカに次いで2位。PISAでは順位を落としている日本ですが、こちらは着実に順位を上げています。10年くらい前なら負け組にならないように頑張って勉強していい大学に進学を、てな風にハッパかけることもできましたが、今や「いい大学」を出ても正規雇用にありつけない人がいっぱいいる。いや、その前に、家が貧困だとそもそも進学ができない。日本は世界に冠たる教育費自己負担国家、貧乏に生まれたらその時点で進学はあきらめなきゃならない。

 学歴を手に入れるのに一番必要なものは、才能でも努力でもありません。学費を出せる親の下に生まれる「幸運」です。

 じゃあウチの娘は早く結婚して養ってもらうのがいいかしらとお考えの方、それはさらなる狭き門です。25~34歳未婚男性のうち、年収が600万円以上の人はわずか3.5%。専業主婦は特権階級なのです。

 こんな時代に、頑張って勉強して大学に進学する理由はどこにあるのか?
 一言で言えば、「未体験の問題に何とか対処して何とか生き延びる力を身につけるため」でしょうか。
 高校までの勉強は、ものごとを考えるために非常に有効なツールになります。理科や社会の知識は軽はずみな判断を防いでくれるでしょうし、国語や英語の技能は他者とのコミュニケーションを助けてくれます。数学的な思考は情緒に流されず理論的にものごとを考えることを助けてくれます。
 大学入試は非常にいい人生修業です。のるかそるかの一発勝負・出願手続きや遠地への移動・きちんとしたスケジュール製作、どれも自立するためのいい訓練です。
 大学では、正解のない問をどう考えるのかをぜひしっかり学んでほしい。現実世界の問題はすべて正解のない問だからです。正解のない問を考えるというのは、例えばこんな問題を自分なりに考える能力です。

◆◆  学校の卒業式・入学式などにおける、「日の丸」の掲揚・「君が代」の斉唱にかんする問題が、論議をよんでいます。文部省(注:現在の文部科学省)は、1989年に告示された学習指導要領で、入学式・卒業式には「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」としました。さらに1999年には「国旗及び国歌に関する法律」(略称「国旗国歌法」)が制定され、「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌とするものと定められました。戦争など歴史的経緯のある「日の丸」「君が代」を国旗・国歌とすることには、当時は反対の意見もありました。それに対し小渕恵三首相は「政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません」(1999年6月29日、衆議院本会議)と答弁しました。国歌のあつかいについても、ほぼ同様の答弁がなされています。以下の資料(注:当時の新聞記事20編ほど)は、2001年以降のこの問題に関する新聞の報道と社説です。これらを読んで、以下の問いに答えてください。なお、あなたの考えを論理的に書いていただければ、どのような立場をとられてもけっこうです。 問1 学校での国旗・国歌は、どのようにあればいいと思いますか。できるだけ、あなたの体験も交えて、考えを述べてください。(800字以内)   問2 学校から一歩広げて、日本社会において国旗・国歌はどのようにあればよいと思いますか。あなたの考えを述べてください。(800字以内) <慶應義塾大学総合政策学部 2005年度入試問題より。注は筆者> ◆◆

 せっかく学費を出せる親の下に生まれることのできた幸運な生徒たちです。その幸運を精一杯使って欲しいです。それも、世の中全体がよりよい方向に行くように。


 原稿を書き上げた時は、保護者の方々にはちょっと内容的にどーかなとも思いましたが、まあ最後だし(卒業生の保護者ですから)書きたいことを書かせてもらいました。幸いというか意外というか評判は悪くなくて、クレームはどこからも来ませんでした。

nice!(5)  トラックバック(0) 

nice! 5

トラックバック 0