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ssh1015 印刷機のお話 [科学と技術]

<ssh180再録>

 『暮しの手帖』創刊50周年記念号に、こんな記事が載っていました。
 もし「暮しの手帖賞」という賞があったら、迷わずインスタントラーメンを受賞にすると。価格・手軽さ・ある程度の満足感を満たす、庶民の食に対してこれほど画期的な発明はなかったと。

 これを読んだ時に、私も考えてみたんですよ。「学校の先生が選ぶ、もっともありがたい発明品大賞」というのを。
 すぐに決まりました。リソグラフです。


 私の学童時代、プリントというのは謄写版(ガリ版)でした。専用の原紙に鉄筆でガリガリと字を書いて行く(ガリ切り)ほとんど職人芸か家内制手工業のような世界です。
 当然、プリント類はそう頻繁には発行できませんでした。
 その後、ボールペン原紙というのも登場しましたが、やはり手で原紙を切るという作業に変化はありません。
 そのころにはすでに輪転機は登場していましたが、原紙を作成するのが大変な手間だったので、やはり印刷物をマメに出すのはかなりの労力でした。ついでに言うと、当時の輪転機はスピードも遅く、歩留まりも悪かった。
 かなりの変化があったのが、ファックス原紙の登場でした。これは普通紙に書かれた原稿を原紙に転写するシステムで、これで初めて原紙に直に何かを書くと言う手間がなくなります。しかし、このファックス原紙も、原紙への転写に何分もかかり、しかも不鮮明でした。

 リソグラフは、そこに登場しました。
 初めてリソグラフを操作した時の衝撃は忘れられません。原稿を原紙に重ね、製版機にセットすると、わずか十数秒で原紙が完成。しかも、その印刷は、これまで見たことがないほど鮮明なものでした。印刷機のスピードも速い。1クラス分のプリントなど、ものの数分で完成です。授業間10分の休み時間で刷れてしまうスピードです。

 リソグラフの登場で、学校の仕事は劇的に変化します。
 資料の作成がうんと早くなりました。これまで業者に頼むしかなかった大量の印刷物も、自分達で作れるようになりました。授業で使うプリント類が激変します。学級通信や学年通信が頻繁に発行できるようになります。
 今や小中学校では毎日のように学級通信(おたより)が配布されるようになっています。おかげで学校の様子や連絡が保護者にタイムリーに伝わるようになっています。しかし、あんなことは昔は不可能でした。
 授業プリントも大きく変化しました。かつては既製品に頼らざるを得なかったものが、手作りの教材プリントがどんどん配布できるようになりました。

 学校に入ってきた新しいキカイ類は、もちろん他にもいっぱいあります。
 古くはOHP・テープレコーダー・LL教室・各種放送機器・校内電話・各種実験器具、新しくはビデオ・ワードプロセッサー・パソコン・インターネット・ケータイ・メール。
 しかし、そのどれも、リソグラフほどありがたいものではなかったと私は感じています。

 特にパソコン・ネット・ケータイ・メールは、教員の負担をかえって増やしました。
 教育行政からのいろんな指示はメール1本できます。今日届いたメールに「今週中に返答せよ」なんて書いてあることはザラです。
 ビジネスマンにとっての新幹線と同じことです。
 スピードが上がって浮いた時間は、別の仕事を求められる。ゆっくり移動していた頃の方がラクだったわけです。


 今日も日本中の学校で、リソグラフや、それと同じような使い勝手の別メーカーの印刷機が、それこそ大車輪の活躍をしていることでしょう。

 ただし。
 学校ってとこは、ホントに貧乏ですからね。学校で大車輪中の印刷機は、どれもこれも1〜3世代ほど古いキカイです。

 今日(注: 2007年ころの話)の朝日新聞に、文科省から1年間現場研修に来た20代の女性職員の話が載ってました。
 彼女がいきなり面食らったのが、印刷機の古さ。両面印刷もままならず、文科省のキカイならすぐ終わるような印刷がちっとも終わらない。学校現場は教員の熱意だけで回っているのだと強く実感したそうです。

 私の勤務校(当時)について言いますと、大きい学校なんで印刷機は一応3台あるんですが、どれも調子がイマイチです。
 特に一番古いヤツ(3世代ほど前のリソグラフ)は気息奄々という感じでして、印刷が一段落するたびに
 「ほえ〜っ!」
 と表記したくなるようなすごい異音を発生します。当然、歩留まりも悪い。

 学校の印刷機って、割とすぐにダメになります。
 理由の1つは、もちろん酷使です。1学年8クラスの学校なら、学年全体への配布物は330枚くらい刷ります。
 これが各学年、各教科で毎日毎日繰り返されるんですから、あっと言う間に何万枚も印刷することになります。かなり過酷な状況です。ラリーカーみたい。

 しかし実は、別のところに一番の原因はあるんじゃないかと私は睨んでます。
 それは、紙の問題。
 しつこいですが、とにかく学校は貧乏ですから、上質紙や中質紙はコピー機やプリンターにしか使いません。
 印刷機で刷る時は、今も昔もワラ半紙。それも両面刷り。

 ワラ半紙ってのは目が粗いもんですから、細かい紙の繊維が剥離するんです。つまり、微細な「粉」というか「塵」がたくさん出てきます。
 キカイにとって、汚れや塵は大敵です。まず最初に、紙送りのゴムローラーがやられます。
 滑ってしまって、うまく紙が送れなくなります。私も水やアルコールで拭いたことがありますが、劣化してしまうと拭いたくらいじゃ回復しません。
 仕方なくだましだまし使っていると、そのうちに、別の回転系統もおかしくなってきます。前述のキカイのように「ほえ〜っ!」と悲鳴をあげたりします。

 印刷機がくたびれてくると、お天気が気になるようになります。
 え?お天気?
 はい、お天気です。

 湿度が高くなると、ワラ半紙が離れにくくなるんで、不調の印刷機は紙送りの精度がガクンと落ちるんですよ。
 印刷室に空調なんかありませんから、雨が降るとモロに影響が出ます。雨の日に刷ったプリントは不良品だらけ。
 テスト前など、大事な印刷のある日には、てるてる坊主でもぶら下げたくなります。
 およそ21世紀の仕事場の話とは思えませんが、事実です。

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