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ssh1042 痛い目に遭わないとわからない、としても [リテラシー・思考力]

<2017>
<ssh189再録 初出2008年>

 今や大ベストセラー作家となった藤原正彦氏が、以前新聞にごく短いコラムを書いていました。
 その中で気に入ったものを1つスクラップしてあります。もう何度か高校生にも読ませたコラムです。

 テーマは、
 「他人に迷惑をかけてはいけない」とよく言われるが、では「他人に迷惑でなければ何をしても良い」のか
 藤原氏はこれを、道徳論や心の問題としてでなく、純粋に論理的に(言い換えると数学的に)その答えはNOであるとしています。

 と言っても、短いコラムですから、話はしごく簡単。
 「AはBである」からと言って、「BはAである」とはならない。
 数学的に言うと、「AはBである」という命題が真であっても、「BはAである」という命題が真とは限らない。逆は必ずしも真ならず、というヤツです。
 「アメリカ大統領はブッシュ氏だ」は真、「ブッシュ氏はアメリカ大統領だ」も真。これは逆もまた真なりの例。
 しかし、「雪は白い」は真だが、「白いものは雪だ」は真ではない。白いものは雪以外にもいっぱいあります。
 「出来の悪い学生の答案も白い」とは藤原氏の文面。

 「他人に迷惑をかけてはいけない」という命題が、仮に真であるとしても、ただちに「他人の迷惑でなければ何をしてもいい」が真であることにはならない。この2つの命題は、イコールではないのです。

 逆は必ずしも真ならずというのは、高等数学の内容じゃありません。中等レベルです。
 だが、しかし、
 私たちは、ついこのミスを犯すんです。

 1つだけ、最近気になっている例をあげます。
 今、世の中は強硬姿勢がけっこうはやってるみたいです。
 毅然とした対応、断固たる姿勢、厳格な親、厳罰、強く出る外交などなど。
 で、よく、こんなことを耳&目にします。

 相手国に下手に出るからなめられるのだ。強くでなければ変わらない。
 子どもを甘やかすからつけあがるのだ。痛い目に会わなければわからない。
 
 気になっているのは、この後半部分。
 仮に「強くでなければ変わらない」という命題が真であったとして、ただちに「強く出れば変わる」ということになるのか?

 仮に「痛い目に会わなければわからない」が真であったとしてだからと言って「痛い目に会えばわかる」ということになるのか?

 逆が成り立つためには、例えば後の例であれば、
 「痛い目に会っても、なおかつわからない」という者がゼロであることを証明しなければならない。
 もちろん、これは不可能です。
 というよりも、現実問題として、痛い目に会っても、なおかつ反省しない人間というのは、たぶん存在するでしょう。

 痛い目に会わなければわからないとしても、痛い目に会えば必ずわかるとは限らない。
 論理的には、そう言わざるを得ません。

 よく教育論で、温情派vs厳格派ってのがあります。
 話せばわかる、という温情派と、痛い目に会わなきゃわからない、という厳格派の対決。TVのトークバトルに使えそうなネタです。
 でもね。
 子どもに何かをわからせたい、どうしたら子どもはわかってくれるか、出方次第で子どもはわかってくれるはずだ、という点において、両者はまったく同じなんです。
 どんなことをしてもわかってくれない子どもの存在は両者とも、ハナっから除外しています。
 そういう点では、温情派も厳格派も、実はずいぶんと楽観的です。

 同じことは、外交論議でも言えますね。
 強く出ないと変わらない、と主張する人は、実は強く出さえすれば変わるはずだと、楽観的に見ているフシがあるんじゃないでしょうか。
 強く出ても変わらない、強く出たらかえって悪化する、そういうシナリオまで考えてないんじゃないかと。
 
 何にしても、「○○しなければ××できない」からと言って、「○○すれば必ず××できる」とは限りません。

 ついでに言うと、勉強の話にしても、「やらなければできない」は真ですが、「やれば必ずできるようになる」とは限らないです。やる方法や量がまずければ、できるようにはなりません。


<追記>
 この記事をアップして8年経ちました。記事の内容は中学生レベルのしごく単純なロジックですが、この程度のロジックさえ日本社会はマトモに理解しない人間がはっきり増えたと思います。
 ああいう知性のカケラもない人間に長期政権を任せるような状況では、若者にものの道理を普通に教えることすら極めて困難です。

 記事の中で、強硬派は「強く出さえすれば相手はわかってくれる」と、先々の展開を極めて楽観的にのほほんと捉えていると私は主張していますが、我ながら鋭かったと思います。その強硬策がただの無策より有害無益であることは安倍政権の対中国外交が実証しました。
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