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LHR6 雨のち晴 [ご挨拶&エッセイ]

<2007>

 彼女の前期不合格は、まったく意外だった。

 数年前の今頃のこと。僕は高校3年の担任をしていた。
 いわゆる進学校での初めての担任だったが、幸い生徒たちは頑張り屋で、受験はわりあいと順調に結果が出ていた。

 彼女はうんと優秀な部類の生徒だった。地力もあるし、努力もしていた。センター試験もクラスでトップ、まったく予定通りに、某難関国立大学に出願を決めた。
 センターリサーチは、80ポイント以上のA判定。担任たる僕は、すっかり合格予定者のつもりでいた。

 この年、学年の先生の発案で、前期で落ちた生徒のためだけの特別小論文指導会が企画されていた。
 指導会と言えばカッコがいいが、まあ、要は、前期で落ちた生徒を学校に呼んで励ましたりなだめたりすかしたり叱ったりしてとにかく後期受験に行くだけの気力を取りかえさせるのが狙いだった。

 彼女は後期も同じ大学に出願していた。他の大学はまったく考えていなかった。
 前期と違って、後期は面接と小論文。

 さすがに切なかったようで、彼女が学校に現れたのは昼近くだった。
 その日の彼女は、はっきり言って、まったくどうしようもなかった。
 課題文はロクに読み取れない、面接の練習をしても言葉に詰まるばかり。
 一体、何回泣き出したことやら。

 後期試験まで、あと3日。

 受験地までの移動を考えても、使えるのはギリギリ翌日の午前まで。
 その日の指導は今ひとつだったが、本人の様子も見て切り上げ、翌日までに2〜3本の課題の書き直しを指示して帰宅させた。

 だが、しかし。
 人間、追いつめられた時、とんでもない力を出すことがある。
 翌朝、彼女は、十分答案になるレベルのものを書いて来た。
 面接練習でも、この日は違った。
 僕は「これなら勝負になる」と思った。

 彼女は、後期で合格した。

 誤解されると困るので言っておくが、別に何かのマジックがあったわけではない。

 彼女は、本当に、心底、その大学のその学部に行きたいと思っていた。
 その思いを、相手に伝えるために有効な言葉を(そう、「言葉」を)彼女は、前期不合格の瀬戸際の中でようやく発見した。

 つまり、そういうことなんだと思う。
 彼女の本気は、もともと間違いのないものだったのだ。
 ただ、それを言葉で相手に伝えることが寸前まではできなかった。
 で、面接と小論文でそれを出さなければいけない、そういう局面になって、ついに、その言葉を発見した。
 
 こういう発見というのは、ある瞬間に訪れるもののような気がする。
 だから、今、彼女と同じような境遇の受験生にも、これは言えると思う。

 「つかむ」瞬間というのは、本番寸前にやってくるかもしれない、と。
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