ssh237 謹賀新年2009 [ご挨拶&エッセイ]
新年あけましておめでとうございます。
今年はこんな写真で新年のご挨拶を。
アサヒグラフ1927年1月1日号の裏表紙、ニッポノホン&ワシ印レコード&オリエントレコードの新年広告。
笑顔いっぱいのキャラクターたちと「初笑ひ!!」のコピーがお正月ムードいっぱいであります。
この広告を出した日本蓄音機商会というのはコロムビアミュージックの前身だそうです。
真ん中のキャラ、微妙なあんばいのデザインですなあ。
人だとすれば相当ヘンテコだし、人以外の動物か何かだとしたらえらく普通だし。
2009年もsshをよろしくお願いいたします。
さて、私の2009年はなかなか多忙そうであります。
3月、私の担任クラスが海外語学研修で2週間ほどオーストラリアに行きます。もちろん、担任たる私は引率で同行。
え〜うらやましい〜、という向きもおいでだとは思いますが、仕事となりゃあ話は別です。準備が大変です。3月はただでさえ仕事多いですから。
4月になると、そのクラスを含めて、私の担当学年が3年生になります。
私の勤務地では、担任は3年間持ち上がりが原則です。1年からずっと見てきた生徒たちの最後の学年です。
現任校は、ほぼ全員が大学受験をします。勝負の年であります。
実は他にもプライベート部分でいろいろありまして。
09年が充実の年となるか、撃沈の年となるか、とにかく、これまで以上に大切な年であります。
もちろん、受験生は今こそが勝負であります。
ところで、冒頭の初笑ひ!! ですが、1927年1月1日という日付けは、察しのいい方ならお気付きの通り、元号が昭和になって初めての元旦です。
これが表紙。モロに弔旗がデーン。
大正天皇嘉仁陛下の崩御は1926年12月25日。クリスマスが命日です。で、即日、皇太子裕仁殿下が天皇に即位しました。昭和天皇です。
同時に元号も大正から昭和に替わります。昭和元年です。昭和元年、12月25日〜31日のたった7日間です。
明けて元旦、元号は早くも昭和2年になってしまいます。
1927年1月1日=昭和2年1月1日は、大正天皇が亡くなってまだ7日しか経っていないんです。さしずめ喪中の正月です。
実際、記事もこんなのばっかりです。
つまり、この号は先帝陛下追悼号なんです。
かつて昭和天皇が病床にあった時期、一大自粛ブームが起こりました。
宴会やパーティの自粛、お祝い事の自粛、何よりもTV界が過敏に反応しました。にぎやかな歌や踊りをことごとく自粛。
何せ「笑っていいとも!」が例のタモリが歌うオープニングを自粛して、地味〜な始まり方にしてました。
不気味でしたねえ。あまりの不気味さに皇太子明仁殿下(今上天皇)が懸念を表明したくらいですから。
翻って、こちらバリバリに大日本帝国時代のアサヒグラフでは、天皇の追悼号の裏表紙に「初笑ひ!!」。
意外でしょ。
ところで、この号、私が古本市で手に入れた時、
1ページだけ切り離したものが挟まった状態で売られていました。
上が本体で、こちらは大正天皇&皇后。
切り取られていたのは下にある裕仁新天皇陛下と良子新皇后陛下の写真ページです。
このページ、単に切り取られているだけでなく、フチをきれいにカットしてあります。
恐らく持ち主であった方は、このページを額にでも入れて飾ったのでしょう。
しかし、ここで色々と妄想が膨らみます。
切り取ったページをわざわざ本体に戻すというのは、どーも不自然じゃないですか?
一体何があって、どんな経緯で切り取ったご神影を本体に戻したのか?
そう思ってよーく観察してみたら、このアサヒグラフ、後からあけたらしき「とじ穴」があるんです。
まとめてファイルした可能性大。しかも、切り取られたページにもとじ穴が開いてます。
察するに、新陛下のありがたいお写真ということで切り取って飾ってはみたものの、ファイルをするにあたって、このページが抜けた状態というのもイヤで、それでファイルするときに戻したと。きっと、かなり几帳面な方だったんでしょうね。
そんなこんなで、この号は私のフラグヒサアコレクション中もっとも気に入っております。
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