ssh377 科学と技術の違い [科学と技術]
<2010>
科学技術という言葉がありますよね。
私、ずいぶん長いこと「科学的な技術」のことだと思っていたんですよ。
ところが。高校の英語の授業で驚いたんです。科学技術は、science and technology の訳であったと。
科学的な技術じゃなかったんです。「科学と技術」なんです。
1962年生まれの私だと、科学とか技術とか言うと、すぐ鉄腕アトムとかマジンガーZの世界になっちゃうんです。あれこそ科学の成果じゃないかと。何せアトムは「科学の子」だし、お茶の水博士だって、科学省長官でしょ?
でもね、今にして分かったんですが、アトムもマジンガーZも、科学の子じゃありません。彼らは「技術の子」。
んじゃ、科学と技術って、どこがどう違うんでしょうか?
例えば、液体が気化する時には周囲の熱を奪う、という現象を解明したのが科学。
フロンやLPGやアンモニアの気化を利用してものを冷やす装置=冷蔵庫やエアコンを作るのが技術。
一言で言えば、科学は真理の探求です。
自然とは何か?人間とは何か?
人間が抱いた、そういう遠大な謎に、少しでも答えを見つけていこうとするのが科学です。
一方の技術は、文字通りワザです。
どうやってものごとをより自分たちにとって都合良く行うか。そのためのワザです。
科学は真理の探求です。
従って、科学そのものは人間にとって役に立ちません。
より正確に言えば、科学は役に立つとか立たないとか、そういうチンケなことは最初から眼中にありません。
なぜ雨は降るのか?
なぜ人は死ぬのか?
なぜ平行線は交わらないのか?
なぜ人は他者を愛するのか?
そういう問いに対しての答えを、少しでもいいから探していく。それが科学です。
真理に矛盾はありません。
もし一見矛盾しているとしても、それを矛盾なく説明する原理が存在するはずだ―これが科学の前提です。
科学は自然を矛盾なく説明できる原理を探すことが目的と言えます。
(ただし、それは恐らく永久に見つかりません。)
科学は、人間にしかできない営みです。
「なぜ?どうして?」という謎をいだくのは、人間だけだからです。
人間以外の生き物は、自然や自分たちに対して謎をいだきません。ただ運命を生きています。
だから、科学は極めて人間的な行為です。
技術は違います。
技術とは、いかにして人間に役立つようにするかという営みです。
もっと多くの作物を生産したい。もっと長く生きたい。もっと早く走りたい。空を飛びたい。もっと快適に過ごしたい・・・。そういった人間の欲求に、少しでも答えようとするのが技術です。
技術は、人間に役立ってナンボです。
ここで一つやっかいなのが、人間の欲求は矛盾だらけだということです。
より多くの作物を生産したい。そう願って農法や品種の改良に取り組む。結果生産性は上がったが、今度は味が落ちてしまった。すると今度は味も改善して欲しい。生産性と味は相反する要素です。それを何とか両立したい。
ものごとはすべてギブ&テイクというかゼロサムゲームというか、あちら立てればこちら立たずなものです。しかし、人間は欲が深くて、相反する要素を両立できないかと願う。
そのため、技術は、常に「矛盾を何とかしよう」という方向に行くことになります。
これは、技術にかけられた呪いのようなものです。
速くて燃費のいいクルマ。安くてよいもの。高性能で小型なケータイ。組み立てやすくて丈夫な構造。こういった矛盾に立ち向かい、何とか少しでも相反する要素を高次元で両立できないかと取り組む。これが技術者に課せられた宿題です。
技術の根本原理は「矛盾に対してより高度な妥協点を探す」ことだと言えるかもしれません。
技術も、実は極めて人間的な行為です。
より適切な方法を探すという行為そのものは人間の専売特許ではありません。生物も無生物も環境への適応は行います。
技術が人間的であるのは、技術は矛盾が生み出すからです。
矛盾こそ、人間の業というか、人間が人間たる宿命というか、人間の遺伝病のようなものです。
技術は、人間の業に対する人間の反撃と言ったら、カッコよ過ぎますか。