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LHR54 涙のアンコール [ご挨拶&エッセイ]

<2011>

 

 私の地元では、9月に校内合唱コンクールを行う高校が一般的です。(やらない高校ももちろんあります)

 ということは、夏休み中から練習をしないと本番に間に合わない。現任校もただいま夏休みです(補習やらクラブやらで生徒も職員も来てます)。で、いくつかのクラスが集まって合唱練習をやってます。休みだというのにわざわざ集まって行事に備えるのだから、その姿勢は素直に立派。

 一昨年卒業した私のクラスは合唱が上手でした。3年連続で入賞して、最後は最優秀賞(1位)を獲得しました。校内行事とは言え、一等賞となればなかなかの感激です。

 そんなこんなの合唱コンクールシーズン。

 このシーズンになると、決まって思い出すことがあります。それは前任校のある年のコンクール。


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 その年の合唱コンクールは、いつになく緊迫した空気が漂っていた。

 この学校でもここ数年、合唱コンクールのレベルが上がっていた。かつてはやっつけ仕事のようなクラスが半分くらいあったのだが、近年はどのクラスもしっかり練習して本番に臨むようになっていた。

 昨年の最優秀クラスは2年D組。私のクラスである。

 このクラスには音楽部で合唱をやっている主要メンバーが数名いた。曲は「Sailing」、馬力のある声量で圧倒し、3年生を抑えて再優秀賞を勝ち取った。

 2年で最優秀賞を取ったクラスが3年になったのだから、本人達も周囲も当然V2を期待する。事実、3年生となったD組もそういう皮算用があったのだろう、夏休みまでは楽勝ムード。私も含めて全員がV2を楽観していた。

 

 そのD組が、徐々に浮き足立つ。原因は隣の3年E組。

 E組も力のある生徒の多いクラスだった。しかも担任は私と同様、高校時代は合唱をやっていた。

 E組は燃えていた。E組の目標はズバリ最優秀賞。3年D組はどうしても倒さなければならないライバルだった。

 E組が選んだのは「誕生」。堅実な選曲である。難曲ではないが、演奏効果を高めるには練習の必要な曲だ。

 E組は必勝態勢だった。吹奏楽部指揮者の生徒を指揮に据えて、早くから練習に取り組んだ。スタートが早かった分、仕上がりも早かった。

 

 我らがD組は、あれこれ迷った末、「聞こえる」を選んでいた。

 この曲はクラス合唱には結構な難物である。本格的な合唱曲で、テンポや強弱の変化も大きく、演奏効果を高める以前に、まず曲の体裁を整えるのが一仕事である。

 

 順調に仕上がっていくE組の歌声を同じフロアで聞かされて、D組は徐々に焦りを募らせていた。


 

 実は私は、審査員を数年来やっていた。コンクールの審査員は5名ほどの職員と15名ほどの生徒(音楽系クラブ員)で構成されていた。生徒の判断と自分の判断があまり合わないことはあったが、全体としては妥当な審査結果が出ていた。


 コンクールまで2週間ほどになったある日、D組の練習を中心的に仕切っていた女子生徒数名が私のところに切羽詰まった様子でやってきた。

 「先生、コンクールの審査って、曲の難易度はどのくらい点数になるんですか?」

 ―いや、そりゃいろいろだよ。ブチ壊れた難曲よりも、うまくまとまった簡単な曲の方が評価が高いってことはあるだろうし。

 「じゃ、同じくらいのレベルの演奏だったら、難しい曲をやった方が勝ちますよね?」

 ―ん~、まあ理屈ではそうだけど。って、お前さんたち、E組が気になるのか?

 「だって、E組すごいんですよ。このままじゃ負けちゃいますよ。」

 彼女達の要求はちょっとエスカレートしてきた。

 「先生、指揮してください。」

 ―いやだよ。クラスの合唱だろう。◯◯に任せろよ。

 「でも◯◯君、テンポや強弱の変化がうまく振れないんですよ。」

 ―だったら俺が教えてやるからさ。とにかくクラスでやらなきゃ意味がないだろ。


 これはまずいな、と思った。

 割と手のかからない、あまり怒らなくても済むクラスだったのだが、ここは何となく済ませるわけにはいかない。そう思った私は、ホームルームで指導を入れることにした。

 「あのさあ、君たちは何のために合唱の練習してるの?(やや間を置いて)コンクールで勝つため?勝つことが目的?例えばライバルがみんなコケて自分たちが勝ったとしても嬉しいの?音楽ってさあ、そういう目的でやるものなのかな。俺は今年も審査員をやるから、君たちの演奏を含めて全部のクラスを聞くわけだけど、ただ『勝ちたい!』ってだけの演奏なんか、俺は聞きたくないな。そんなスケベ心丸出しの音楽が聞いてて気持ちいいはずないもの。

 『聞こえる』ってさあ、いい曲だと思わない?いい曲だよな。俺、この曲大好きだよ。君たちもこの曲好きだろ?気に入ったから選んだんだろ?だったらさあ、一番やりたいことって、『こんなにいい曲なんだよ』ってことを聞いてる人に伝えることじゃないの?いい演奏をすることが、一番大事なんじゃないの?満足いかない演奏で一等賞になるより、結果はともかく満足のいく演奏ができることが一番じゃないのかなあ。」


 この指導を、生徒たちは受け止めてくれた。それからは、生徒は結果や勝負のことは口に出さず、曲を仕上げることに集中していった。私も練習に協力してあれこれ指導した。ここからのD組の上達は素晴らしかった。本番ではきっと満足いく演奏ができると私は確信した。


 コンクール当日。予想通りレベルの高い争いが展開された。

 E組の「誕生」はやはりいいデキだった。若干緊張したのかベストの演奏ではなかったが、それでもレベルは高かった。対するD組の「聞こえる」は、私の期待通りのデキだった。私は大満足だった。私は身内びいきでなく、D組を1位、E組を2位と審査した。


 shiraの指導に目の覚めたD組が実力を発揮して見事V2を達成、という展開を期待したみなさんには大変に申し訳ないのだが、実はD組は最優秀賞を取れなかったのである。

 で、E組もまた、最優秀賞を逃したのである。D組とE組はまったく同点の2位。

 最優秀賞を獲得したのは、アカペラで「大きな古時計」をしっとりとまとめた、伏兵の3年B組だったのである。

 B組は職員の評価は最高ではなかったが、生徒の評価が高く、D組E組を抑えて最優秀賞を獲得した。無欲の勝利、というヤツだろうか。

 コンクール終了後、クラスの生徒に「先生の審査はどうだったんですか?」と聞かれ「3B良かったよな。まあ俺は君たちを1位にしたけどな。」と返答した。彼ら彼女らは一応満足したようである。

 私は学級通信に「君たちの『聞こえる』がもう聞けなくなるのが寂しい」と書いた。ホンネである。

 いいコンクールだったと思う。

 

 

 このコンクールには後日談がある。というか、実はこっちの方が重要なのだが。

 1週間ほど経ったある日の話。

 

 最優秀賞に輝いた3年B組であったが、実はその担任の先生は、自分のクラスの演奏を聴いていない。

 というのは、コンクール直前に御母堂を亡くされていたのである。当日は忌引きだった。

 コンクール終了後、1週間振りに出勤し、クラスのホームルームにやってきたその先生に、ルーム長がこう切り出した。

 「先生、僕たちコンクールで最優秀賞取ったんですよ。先生は僕たちの最優秀賞の演奏、まだ聴いてませんよね?これから先生のためにみんなで唱いますから、聴いて下さい。」

 そういうと、指揮者が出て、B組生徒は担任一人のためだけに「大きな古時計」のアンコール演奏をしたのである。御母堂を亡くされたばかりの担任は「天国に昇るおじいさん」の歌詞に母親の姿が重なって、不覚にも泣いてしまったという。

 という話を教えてくれたのは、隣の教室で聴いていたA組の担任。


 担任に贈る「涙のアンコール」とは・・・。参った。

 負けました、3年B組には。完敗です。


 

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