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ssh476 カセットテープのお話(5) [科学と技術]

<2011>

 

 Not only 利便性 but also 音質面の向上を成し遂げたカセットテープ。

 ウォークマンの登場もあり、洋楽やJポップなど若者にも楽しめる音楽ソースが身近にもなり、好みの音楽をカセットに録ってウォークマンやミニコンポやラジカセやカーステレオで楽しむというスタイルが一般化します。

 そして1980年代、カセットはついにオーディオシステムの主役の座を得ることになります。

 

 

 さて、1982年、オーディオ界に黒船級の新人が現れます。コンパクトディスク、すなわちCDです。

 直径12cmの光学式ディスクに最長74分の音楽をデジタル記録した、全く新しいオーディオ規格です。

 CDは、コンパクトカセットを作ったフィリップスと、ウォークマンを作ったソニーが共同開発しました。日欧合作です。

 当時読んだ話だと、CDの開発動機は主に利便性にあったらしいです。小さな光学式ディスクになれば便利だろうと。その光学式ディスクに記録するにあたって、デジタル方式の方が都合がよかったのでデジタルにしたと。

 真偽のほどは不明ですが、しかし、CDが市場に導入されるにあたって、各メーカーがもっとも強調したのは、デジタルオーディオの音質面の有利さでした。デジタルはアナログとは全然次元が違う、今までの再生装置ではデジタルの高音質ソースは再生し切れないぞ、と。

 ついに主役を射止めたカセット君にとって、CDはまさに脅威となるはずでした。

 

 ところが。CDはカセットを駆逐することはありませんでした。それどころか、長らく共存共栄していきます。


 

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 写真はカセットデッキには欠かせないアクセサリー。一番左はヘッドクリーニングテープ。真ん中は一見ただのマイクですが、ワンポイントステレオマイクといって、これ1本でステレオ録音ができます。一番右はヘッドイレーサー。磁気ヘッドは長く使っていると磁気を帯びて性能が悪くなるので、イレーサーで定期的に消磁してやらねばなりません。その後カセットサイズのイレーサーが登場して、消磁はすごくラクになりました。

 CDがカセットを駆逐できなかった最大の理由は、お値段です。

 まずキカイが高かった。CDプレーヤーは軒並み10万円以上しました。しかもCDソフトも4000円近かった。キカイもなかな買えないし、キカイを買ってもソフトもなかなか増えない。

 事実、私の大学時代には、誰かがCDプレーヤーを買ったというのは大ニュースでした。そんな大ニュースがあれば、買ったヤツの家にみんなで押しかけて、CDとはいかなる音を出すものかと聞かせてもらうというのがよくある行動ケースでした。

 さらに、CDはアナログレコードと同じで、録音ができなかった。市販のソフトを買って来て聴くだけのメディアでした。つまりは、高性能高機能のレコードというのが、80年代前半のCDのポジションでした。

 

 で、これはある意味、カセットにとっては追い風でもありました。

 つまり、友人にCDをカセットに落としてもらったり、あるいは自身がCDプレーヤーを買ったとして、自分の購入したCDや借りて来たCDをカセットに落とすと、それまでよりもいい音のミュージックテープが手に入りました。

 CDソフトが高いのだから、多くの人はCDをカセットに録音して聴いていたんです。

 ポータブル型のCDプレーヤーも早くから発売されましたが、ソフトが高いのではおいそれと楽しめません。

 80年代、音響機器メーカーはこぞって「デジタル対応」を謳ったオーディオ機器を売り出しました。その中にカセットデッキはしっかり入っていました。高音質デジタルオーディオの記録に対応するアナログカセット。今から考えると相当に矛盾した宣伝ですけど、確かにそういう需要はあったんです。

 

 まあ、そもそもCDはカセットを倒すために企画されたわけではなく、アナログレコードの後継者となることを狙ったものです。アナログレコードとカセットは力関係の逆転こそあれ共存していたのですから、CDがカセットと共存するのは道理でもあります。

 加えて、CDはカジュアルなオーディオという点でもカセットと親和性が高かった。ラジカセにCDが搭載されるという、アナログレコードではほとんど考えられなかったような()芸当もできました。こうなると、CDラジカセだけあればもうコンポはいらないわけです。実はCDとカセットは相性が良かったのです。

(注:レコードプレーヤー内蔵のラジカセというのは実際に売られたことがあります。学生時代に現物を見ました。コレクションとしてなら持っていたかったですな。)


 

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 写真はCDとカセットの最も幸せな共存共栄時代のCDラジカセ、パナソニックRX-DT77。ダブルオートリバースカセット(ドルビーシステム内蔵、クロームテープ&メタルテープ対応)、倍速ダビング、デジタルチューナー、ワイヤレスリモコン、タイマー機能、2ウェイスピーカー、重低音再生S-XBS回路などなど。嫁サンが独身時代に買ったもので、当時5万円ほどの高級機です。今でも現役バリバリ。音は今もって本当に素晴らしい。今日日の安物のコンポよりいいくらい。

 

 

 CD以外にも、カセットの王座を脅かすデジタルオーディオメディアは生まれていました。

 最大のライバルはデジタルオーディオテープデッキ、すなわちDATです。

 デジタル記録という新しい高性能の方式ができた以上、それを製品にするのは技術的にも営業的にも必然です。デジタル記録のできるカセットができれば、これまでカセットでできなかったことができるようになるはずです。

 音響メーカーは、DATを「ポストカセット」と位置づけていました。DATの登場で、アナログ方式のテープ録音機は終わるであろうと。

 

 いろいろな紆余曲折を経て製品化されたDATは、異次元の高性能を持っていました。実際、DATの最終期の製品は、今もって民生用の最高水準の性能を持っていると言われています。

 なのに。DATもカセットを蹴落とすことができませんでした。

 その理由はお値段だけはありませんでした。

 

 DATの製品化が現実味を帯びて来たころ、日本レコード協会などが強烈にプレッシャーをかけてきました。高音質のデジタルテープレコーダーが製品化されるとコピーがますます横行して、レコードの売り上げを下げ、著作権上の問題もデカくなると。こういうのは(オーディオにまったく疎い)中央メディアもよく流していました。今にして思えば技術論に無知な記者クラブを協会が操ったという感じもしなくはないですが。

 このプレッシャーのおかげで、DATの製品化は予定よりも数年遅れます。シリアルコピーマネジメントシステム(SCMS)という、デジタルコピーを1回だけしか認めないというエンコードシステムの開発に手こずったのです。コピーガードとは、つまりは利権のガードです。

 レコード協会は満足したかもしれませんが、この遅れはDATにとって予想外に大きなダメージでした。

 もし2年ほど早くDATが市場に出ていたら、キカイももっと売れて、それだけメーカーも投資をして、早い時期にコストも下がって、狙い通りにDATはカセットの後継者となって、超高音質のデジタルカセットオーディオ(例えばDATのウォークマンやCDDATのラジカセなど)が花開いていたかも知れません。そうなれば、iPodも出現しなかったかもしれない。それほどDATの性能は素晴らしかったのです。

 でも、一般人は自分のゼニでものを買います。会社の経費で落とすとか、父ちゃんの資産を自分の選挙事務所に寄付してもらって相続税を逃れるとかいうマネができるのは一部のお金持ち(とその子ども)だけ。キカイやテープのコストダウンがなされなければ、どんな素晴らしいメディアも所詮高嶺の花です。DATは音楽関係者の間では非常に評価されましたが、一般には結局普及しませんでした。

 業界の圧力が客の利益を奪ったという点では、コピーコントロールCDと似てないこともない展開です。コピーコントロールCDは結局業界側が折れる形でなくなりましたが。

 

 デジタル方式のテープレコーダーとしては、フィリップスがDCC(デジタルコンパクトカセット)という企画も作っています。この企画の目玉はDCCのキカイがカセットテープも再生できるということでした。カセットを作った張本人としては何としてもカセットを活かした、互換性のあるデジタルテープレコーダーを作りたかったのでしょう。本家本元の考えるカセット正統後継者の規格でした。

 しかしこれは大空振りでした。というのも、いくら互換性があると言っても、DCCのキカイでデジタル録音をするには専用テープが必要だったからです。

 当時カセットデッキの最廉価版はすでに1万円くらいになっていました。何もわざわざ最新鋭のキカイで古いカセットをかけてくれなくてもいいってもんです。フィリップスがやるべきことは、普通のカセットテープにデジタル記録のできる企画を作ることだったんじゃないでしょうかね。当時の技術ではムリだったでしょうが。

 というわけで、DCCはエルカセット並みに短命でした。噂ではコレクターの間では希少価値があるとか。

 

 デジタルオーディオという革命的なデバイス(方策)が発明されても、それまでの大きな普及と十分な性能のため、カセットは80年代をしっかりと生き抜きます。特にCDとは見事な共存共栄を成し遂げます。レンタルCDをカセットに落としてウォークマンやカーステレオで聴くというスタイルは、レコードがCDに変わっただけのことです。

 

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カセット全盛期ならではのオモチャ2種。左は日産のディーラーでもらったメモ用紙セット。入れ物がカセットケースサイズになってます。右のデカブツカセットもメモ。金属製で、フタを開けると中身はA5くらいのメモ用紙が入っていました。これはどこかのオーディオフェアでもらったもの。

 

 

 ところで。ポストカセットのデジタル録音機としては、MD(ミニディスク)を忘れるわけにはいきません。

 MDはソニーの開発した規格です。DATDCCと違って、これは割と当たりました。据え置き型のデッキもかなり出ましたし、MDウォークマンやMDラジカセやMDカーステレオもかなり普及しました。

 もちろんカセットは生き残っていましたが、DATDCCも期待外れだった各メーカーは、かなりMDに力を入れました。

 このまま一気にMDがカセットと世代交代するか、と思いきや、MDもそこそこ普及したところでさらなる強敵に出会うことになります。

 

 では、何がカセット(MD)に引導を渡したのか?

 大きく言えばメモリー記録方式。より具体的には、パソコンとインターネットとCD-Rです。

 

 

 

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