ssh567 「想定読者」と字のお話(1) [教科学習]
<2012>
自慢じゃないけど、私の肉筆はかなりの悪筆です。
子どもの頃から親兄弟先生にさんざん言われてきました。「もっときれいな字を書け」と。
でもダメでした。中学までは本当にひどい字を書いてました。ヘタクソなくせに乱雑だから、もう本当に読みにくい。
悪いことは似るものでして、息子たちもなかなかの悪筆です。特に長男は相当なもので、小学校の頃の字なんか、私の幼少期に劣るとも勝らないレベル。
さて、勤務校で毎週定例の進路係職員のミーティングの席上、こんな話が。
A先生: 高校生にもなって、答案にすごく読みにくい字で書いてくるヤツがけっこういるんだよ。
私: あー、確かにそういう子、いますよね。
B先生: 採点者に読んでもらうっていう感覚、ないのかな?
A先生: 別に美しい字を書けってんじゃないんだよ。ヘタでもいいけど、せめて読めるように書かなきゃ。
私: そう言えば、前の勤務校から東大に行った生徒の数学の答案はすごくキレイでしたよ。
字が汚いことそのものは減点対象じゃありません。判読できればちゃんと点数は与えます。入試でもそうです。
でも、字の汚い答案は、概して点数が低い。汚い答案は、そもそも正答率が低いんです。
逆に、正答率の高い答案は、概して字も読みやすいものです。
ところで。
人間がものを書くのは、誰かに読んでもらうためです。すべてそうです。答案も作文も日記もエッセイも投書も落書きもブログもツイッターも、すべては誰かに読んでもらうために書く。
この「誰か」には自分も入っています。日記なんてのは自分が読むために書くものです。
で、多くの人は、誰に読んでもらうかを意識しながらものを書きます。特に作家や編集者などのプロの場合、読み手のことを強く意識している。
自分の文章を読んでもらう相手のことを「想定読者」と言います。
商売のために書かれる文章は、想定読者がかなりはっきりしています。
最も顕著なのは雑誌。自動車雑誌や鉄道雑誌の文章は、クルマや鉄道のことをよくわかっている人間に向けて書かれています。女性誌なんて、年代と経済状況と既婚未婚でピンポイントに狙いを定めてますよね。
私の場合、文章を書くときの想定読者は高校生です。これは職業病みたいなものです。
でも、ただの病気じゃない。
不特定多数の一般の人たちよりも、高校生を意識して書いた方が、ちょっと知的なネタでも書けるんです。
学生は知性の鍛錬を求められています。フツーの社会人なら「そんなこと知らんよ」と言われかねないようなことでも、高校生相手なら書くことができる。意外といいものです。
乙武洋匡の『五体不満足』が中学生を想定読者として企画されたのは業界では有名な話です。
中学生に知的成長を促すような内容というのは、社会人にも十分に刺激的なんです。
中学生をバカにしちゃいけませんよ。ゆとりゆとりとバカにされた中学の教科書内容にすんなり答えられる社会人なんてロクにいませんぜ。社会人のみなさん、アテルイって誰だか知ってますか?(坂上田村麻呂に征伐された蝦夷軍のリーダーです。現在の中学歴史教科書の基本事項。)
話が逸れました。
B先生の言うように、答案用紙の想定読者は、採点者です。答案は採点者に読んでもらうために書く。
受験の答案であれば、想定読者は、合否を決める採点官。
答案は、想定読者たる採点官に、自分の言いたい事をしっかり伝えるべく書かれねばならない。
記述問題の場合、どこまで評価してもらえるかがすごく重要です。部分点を1点でも多く貰わないといけない。
真剣に勉強してきた人の答案は、そういう部分に強烈がアピールがあります。
「オレ、ここまではわかってるよ。ここまでは絶対に正しいでしょ!」と、答案が訴えてくる。
そういう答案のことを、私は気合いの入った答案と言っています。
答案をバカにしてはいけません。答案はただの紙切れじゃない。
本気で勉強して、試験に勝負をかけている人は、答案に人生を賭けています。
そういう答案には、魂がこもっている。生命が宿っている。読み手たる採点者には、それはすぐに伝わります。
当然、字も文章も読みやすい。
そりゃそうです。自分の理解をしっかり想定読者たる採点官に伝えようと思っている人間が、読みにくい字で答案を書くはずはありません。それじゃ伝わらないんですから。
学習への取り組みが向上すると、字もおのずから読みやすくなるものです。
悪筆の私も、高校ではかなり意識して丁寧に字を書くようになりました。字そのものはヘタでしたが、とにかく読めない字は絶対に書かないようにしました。
長男も同じです。中学までミミズかナメクジの這った跡みたいな字を書いていたのに、高校に上がってからは普通に読める字を書くようになった。彼なりに真面目にやっているんでしょう。
想定読者と字のお話は、ノートの書き方の話に続きます。それは次回以降。