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ssh560 諸悪の根源の魔力、または「鬼は外」 [リテラシー・思考力]

<2012>

 

◆◆「集団がいっこうにうまくいかないとき、1人の鬼を作り出し、なにもかもその人に原因をおっかぶせて排斥することで安定を保つ。

 だとしたら鬼はなんとヒトに優しい存在ではないか。ヒトのほうが鬼ではないか?」◆◆

 

 という文面で始まるのが、山田ズーニー「おとなの小論文教室」711日付の記事。

 711日というのは、例の大津市のいじめ問題が大きく報道された直後です。

 この記事は、仮名「オニヅカ」なる、彼女のバイト先に一時期いっしょにいた女性の話を中心に書かれています。(引用文中の「***」は中略部分)

 

◆◆***オニヅカは、私が昔アルバイトをしていた、従業員30人くらいの会社に、中途採用ではいってきた30歳すぎの女性で、身長が170センチ近くある、日本人だけど、アメリカの大学を出ていて、とにかく、地方の職場では、すごく目立つ存在だった。頭のいい人で、ずばずば意見が言えて、しかも的を射ている。

 私は、あこがれて、友だちになりたかったが、***なんとオニヅカは、たった3か月の試用期間の果てに、正式採用されることなく、会社を辞めてしまった。「辞めさせられたのだ。」と、あとから社員の人に聞いた。

 上の人の言い分はこうだ。オニヅカが入社してしばらくして、直属の上司にあたる男性が会社にこなくなった。うつ病らしい。どうもオニヅカのストレートな発言、年功序列も無視のふるまい、まだ男尊女卑が強く残る地方で、男を男とも思わぬ物言いが、上司にはこたえたのではないか、と。協調性の欠如は小さな組織では致命的だから、試用期間というのは、そういう適正を見るためのものでもあるから、と。***


 

 今年、大震災から1年たった日本を、あちこち、講演や、ワークショップでまわった。***「震災以降、経費も削られ、がんばっても、業績がのびず、努力が報われない分、先行きが不安で、震災から1年以上たつ今、みんなちょうど疲れがでてくることで、職場がどんよりしている」といった感想をうかがいながら、はっと思った。

 「オニヅカが来た時も、ちょうど会社がこんな状態だった。」

 ちょうどその業界のバブルがはじけて1年以上過ぎたころ、オニヅカが例の会社に中途採用ではいってきた。それまで努力に比して業績が伸びていたのに比べ、何をしても業績が伸び悩むことがつづき、リストラなどはされていなかったけど、そんな噂もまことしやかに囁かれ、会社はどんよりしていた。そこに、同僚の「うつ病」。

 ***

 「組織のみんなは、カタチがなく見えないからこそ、恐ろしい不安を、はっきりカタチある、見えるものにして

安心したかったのだ。」

 オニヅカが、その標的になった。そして、みんなの不安を一身に背負って、辞めていった。

 

 オニヅカは、「誤解されることには慣れっこだ。良くも悪くも、一目置かれてしまう、それが私だから。」と言っていた。中学の時、いじめをしている女子を、教室の隅にひっぱっていって、「そういうことはよくない」と注意した。後日、なぜか、オニヅカが先生に呼ばれ、いじめをしてはいけないと怒られた。オニヅカは、陰でいじめを止めていたのにもかかわらず、その光景を見た、いじめられていた女子が、「オニヅカさんが、陰でいじめを指図している」と先生に告げ口をしたそうだ。

 ***

 病気になった上司のことは、あとからあとから、新事実が出てきた。借金が何百万もあったこと。ギャンブルとも、水商売の女性に、とも言われた。また、50歳近くまで、ずっと母親と二人暮らしで一度も家を出たことがなかったが、母親がとても難しい人で、母子関係にストレスがあったとも。真面目で、責任感が強い分、業績の落ち込みにたいして、人一倍、自分を責めていたとも。***

 「なにかうまくいかないとき、理由はたいてい複雑である。」

 だけど、私たちは、複雑なものを複雑なままに、見えないものを見えないままに、受け止め、考えていくのがニガテである。「そこにはっきりとしたわかりやすいカタチを求める。」「そして、諸悪の根源さえ排除すれば、状況はよくなる」と考えやすい。

 けれども、状況を上向かせるのは、コツコツとした地道な努力の積み重ね以外にない。良い発想など、なんらかの、新しい、良い種をまき、それを育てるための、複雑な要素を考え、それらを複雑に、コツコツとやっていって、よいスパイラルをつくり、時間をかけて育てることでしか、状況をほんとうの意味で上向かせることはできない。

 20数年たって、テレビのビジネスニュースで取材を受けているオニヅカは、いま、良い意味で目立ち、業界で一目置かれているようだった。***◆◆

 

 

 高校生のみなさん、スケープゴートという言葉をご存知でしょうか。

◆◆ケープゴート(scapegoat)

 1. 古代ユダヤで、年に一度人々の罪を背負って荒野に放たれたヤギ。贖罪のヤギ。

 2. 責任を転嫁するための身代わり。不満や憎悪を他にそらすための身代わり。◆◆

 

 スケープゴートというと、真っ先に言及されるのはナチスドイツでのユダヤ人迫害。ユダヤ人はナチスドイツのスケープゴートにされた、とよく言われます。

 ナチに限らず、為政者は「みんなの敵」が大好きです。だって、国民全体とか自治体全体の敵がいれば、内部は一致団結してくれるし、そうなれば自分の政権も安定します。

 ジョージ・ブッシュが9.11テロへの反撃を声高らかに宣言したとき、全米(とそれ以外の、例えば日本のエスタブリッシュメント)が熱狂しました。

 スケープゴートは、為政者にとって最高にありがたい存在です。

 ただしもちろん、問題の本質的な解決にはなりません。それは今のアメリカの混迷を見れば分かります。

 

 

 今回引用した記事で、山田が「鬼」と表現しているのは、このスケープゴートのことでしょう。

 引用ではカットしましたが、山田は仕事がうまく行かない時期に買った腕時計が何となくゲンが悪いような気がしてはめるのを躊躇していたと書いています。で、オニヅカの件があって、時計を「鬼」にすることなく、はめて仕事に赴き、仕事もしっかりこなしたと。

 

 スケープゴートはしょせん身代わりに過ぎません。本質的な解決にはつながらない。

 そんなことは少し考えればわかりそうなものなのに、私たちはスケープゴート=鬼をどうしても探したくなる。鬼を探して「鬼は外」と豆まきをしたがる。

 人間は、かくも無形の不安に弱い。得体の知れないものが心底怖いんです。

 

 

 ssh400「諸悪の根源なんかない」で、私は諸悪の根源に答えを求めることを批判しました。

 諸悪の根源説に固執することの最大の落とし穴は、自分の正当性を保つために諸悪の根源たる「敵」を過大に評価したがることです。か弱い相手はスケープゴートにならないんで。

 日教組教育こそ諸悪の根源と力説する人にとって、日教組はきわめて凶悪で強大でなければなりません。そうでなければ自説の正当性はなくなってしまう。だからそういう人たちはたかだか組織率20%代の日教組がいかに強大で影響力が強いかを力説します。

 日教組嫌いの人ほど日教組には強大であって欲しい。

 諸悪の根源信者の思考回路は、スタート時点から傷を抱えている。呪われていると言ってもいいでしょう。

 

 

 諸悪の根源という鬼を探したくなるような気分のとき、私たちはどうすればいいのでしょうか?

 諸悪の根源なんかない!と力説したところで、「上から目線」な感じがして、諸悪の根源を探したくなっている人にはあまり届かないような気がします。

 さしあたり私に思いつくのは、「私は不安だ」と素直に吐き出すのがいいのじゃないかということ。

 鬼を探す前に、「私は不安なんです」「私は怖いんです」「私はどうしていいのかわかりません」と、まずホンネを認める。

 もちろん、それで何かが解決するわけじゃありません。

 しかし、ホンネを認めて「はあ~」とため息の一つもつくと、「鬼」探しに躍起になることに少しはブレーキがかかるかもしれません。


 

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