LHR69 とある受験生の2月 [ご挨拶&エッセイ]
<2013>
<登場人物>
私: 某県立高校教諭。3年普通科担任。
S君: 「私」のクラスの男子生徒。気のいい憎めない人柄。
***
S君: 先生、お願いしていいっすか?
私: おう、何だよ?
S君: オレ、今日、◯◯大学の発表日なんですよ。
私: ああ、センター利用で出願した私立か。
S君: で、1時からインターネットで発表なんすよ。ここで見せてもらっていいっすか?
私: 1時か。もうすぐじゃないか。いいよ。
S君: いや~、でも緊張するっすよね。
私: ははは、お前さん、前回(一般公募推薦入試)の発表の時も同じようなこと言ってたよな。
S君: だってあの時は、もしかしたら早く出てないかと思って、真夜中にネット見たっすから。
私: で、いいのかよ?前回もここのパソコンで発表見て、ダメだったじゃん。縁起悪いかも知れんぞ。
S君: 先生、そんなこと言わないでくださいよお。オレあの時かなり凹んだんですよ。
私: 悪い悪い。お、さて、1時だな。(ネットを開く)
私: え~と、◯◯大学法学部と・・・。ん?学科はどこだ?
S君: 法学科と政治学科と2つ出してあるんす。
私: じゃ、まずは法学科から。行くぞ。・・・どうだ?番号あるか?
S君: (メモと番号を見比べている)・・・。ないっす。
私: んー、残念。よし、政治学科を見るぞ。覚悟はいいか?
S君: はい。
私: 政治学科はと・・・、お、つながった。どうだ?
S君: (再びメモと番号を見比べる。今度は時間がかかっている)
私: どうした?
S君: 先生、この番号、これ(画面を指差す)ですよね?
私: どれどれ・・・。お、間違いない。合格だな。おめでとう。
S君: いや~、良かったっす。取りあえず。
私: 良かったな。でも、お前さんの第1志望は国立の××大学だよな。ここで気を抜くなよ。
S君: はい。でも、ホント、良かったっす。
***
後日、研究室にて。
S君: 先生。困ったっすよ。ウチの家族。
私: ん?どうした?
S君: オレ、◯◯大学受かったじゃないっすか。
私: ああ。でも第1志望はこれからだろ。
S君: ウチの家族、みんなでオレのモチベーションを下げるんすよ。
私: あ?どういうことだよ?
S君: もう、爺ちゃんとか母ちゃんとかすっかり喜んじゃって。「◯◯大学なら有名な△△の近くだから、みんなで△△に遊びに行けるなあ」とか盛り上がっちゃって、なんか××大学に向けて勉強する意欲が低下するっすよお。
私: (笑)おい、もしかして、それを理由にもう受験をやめちまおうってんじゃないだろうな?
S君: いや、違うっすよ。ちゃんと××大学に向けて頑張ってるっすよ。ただ、家ん中がどーも、何つーか・・・。
私: 何言ってんだよ。いい家族じゃないか、子どもの合格にみんなが喜んでくれるなんて。せっかく合格したのに「こんな大学で終わっちゃダメだ」とか言われたらイヤじゃないかよ。オレ、お前さんのお爺ちゃんやお母ちゃん、大好きだぜ。
S君: ええ、まあ、確かにいい家族っすよね。
***
S君は結局本命の国立には残念ながら合格できませんでした。しかし彼は一般公募推薦・前期・後期と3回挑戦しました。本命については「もう未練はありません」と言って、◯◯大学に進学しました。
もう10年も前の話です。